色々と考え出すと際限ないけどねぇ…
第三者から見れば「些細な事柄」が、当事者にとっては「譲れぬ事柄」だったりする。
こういう場合、何が厄介かといえば、第三者にとってはどうでもいいことだから、当事者間で折り合いを付けなければ解決できない。それが非常に難儀で、双方ともに心身を疲弊する。
帰りの車中、ラジオを付けてたらパーソナリティが言ってた。「人間は、笑うためには10の筋肉を動かす。しかし、怒るためには64の筋肉を動かさねばならない。」と。
無駄なことをしているから疲れるのであって、疲れる前に無駄を省けなかった者が悪い。つまり、自業自得ということ。
しかし、無駄を省くためといっても、やはり譲れないものは譲れない。そこに人生の難しさがある。
こういう思考モードにはいると、自分はなかなかそこを抜けられない。そして、また疲れる。凡人の生涯は、かくと苦しみに満ちたものであるのか…。
ストレスを発散する場というと語弊があるが、邪念に囚われずに自我を解放できる時間と場所が必要だなと思う。












