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戌年のF1は…

さて、欧米に「戌年」という概念があるかどうかは分からぬ(というか無い)が、戌年はF1の「厄年」である。

1970年9月、イタリアGP・予選。チャンピオンシップをリードするヨッヘン・リントの駆るロータスが、モンツァサーキットの最終コーナー・パラボリカでコントロールを失い、ガードレールに衝突、大破した。リントは帰らぬ人となったが、残るレースでリントのポイントを逆転するドライバーは現れず、死後にワールドチャンピオンの栄冠を得た。

同年6月には、1950年にF1史上最年少優勝を記録し、1966年から自身の名を冠したF1チームも立ち上げていたブルース・マクラーレンが、CAN-Am(カンナム)のテスト中に事故死している。マクラーレンの遺志は、親友であるテディ・メイヤーが受け継ぎ、ロン・デニスが合流した80年代以降、F1のトップチームとして知られることになる。

1982年5月、ベルギーGP・予選。終了間際、フライングラップに入ったジル・ヴィルヌーブのフェラーリだったが、アタックを終えてスロー走行中のヨッヘン・マスにブラインドコーナー出口で遭遇。乗り上げるように追突し、マシンはランオフエリアにノーズから突き刺さって着地。マシンが板バネになり、シートベルトが切れたヴィルヌーヴの身体はさらに遠くコース外まで飛ばされた。死亡確認は病院で行われたが、ほぼ即死だったと思われる。

また同年6月、カナダGPのスタートにて、ポールポジションでエンジンストールしてしまったディディエ・ピローニのフェラーリに、後方グリッドから加速してきた新人のリカルド・パレッティが追突。マーシャルが失神状態のパレッティの救助に向かうが、衝撃で燃料系統を破損していたマシンはエンジンの熱により発火、手が付けられない状態となった。死因は頭部の打撲によるもので、亡骸に火傷の跡はなかったとも言われている。

1994年4月30日。サンマリノGP・予選。パレッティの事故から12年間、レースイベント中の死亡事故が起きなかったF1。ヴィルヌーヴを弔って名付けられた高速のヴィルヌーヴカーブで、悪魔は突然やってきた。ローランド・ラッツェンバーガーのシムテックは、フロントノーズが脱落し、フロントタイヤがウイングに乗り上げる形で操舵を失い、270キロ以上の高速で左側のコンクリート壁に激突した。惰性でトサコーナーまで転がってきたマシンは、衝撃でモノコックに穴が開いていた。ドクターが現場に急行したが、すでに心肺停止状態だったという。

その翌日、1994年5月1日。サンマリノGP・決勝。12年ぶりの死亡事故に揺れるF1で、悲劇は2日続けて繰り返された。6周目、3度のワールドチャンピオンであるアイルトン・セナのウィリアムズが、左高速のタンブレロコーナーで突如コントロールを失い、コースアウト。火花と砂煙を巻き上げながら、コンクリートウォールに吸い込まれていった。テレメーターには、コントロールを失ってからウォールに激突するまでのわずか1秒ほどの時間にセナが試みた神業的な回避行動が記録されている。その事故原因には諸説様々あるが、未だに直接原因は不明である。

1994年は、開幕前のシルバーストン・テストで、JJ・レートのベネトンがクラッシュ。後方からバリアに衝突し、脊椎損傷の重傷を負った。開幕戦のブラジルGPでは、怪我人こそ出なかったが、3台多重クラッシュの際、マーティン・ブランドルのヘルメットに他車のタイヤが直撃した。第2戦のパシフィックGPの前には、テスト中にジャン・アレジが負傷。第3戦、ラッツェンバーガーが亡くなる前日にも、ルーベンス・バリチェッロのマシンが宴席をジャンプ台にして空を飛んだままタイヤバリアに突っ込むという恐ろしい事故が起きている。サンマリノGP以降も、カール・ヴェンドリンガー、アンドレア・モンテルミニ、ペドロ・ラミーなどなど負傷者が続出した。個別の事故原因よりも、「安全神話」のもと「速くなりすぎたF1」と「人間の操縦力の限界」がクローズアップされた1年であった。

世の中には、犠牲者が出たときだけ喜々として押しかけくる連中や、日常の取り組みについて理解していないのに好き勝手な批判や非難をする連中がいて、そういう人間には何を言っても理解されないことも、過去に起きた事故の中で十分に解っているつもりであるが、ここで敢えて強調しておく。この業界に、危険を望んだ者など一人もいなかった。時に冒険と解釈できる行動を取る者がいたとしても、それには必ず裏付けがあり、つまり誰もが安全を願ってレースをしている。事実は1つ、願望だけで安全は実現しなかったということだけである。

セナの死後、安全についてより一層の取り組みが行われることになった。F1マシンの見た目はどんどんダサくなったが、安全性は格段に向上した。12年前のF1に、現在の安全基準が適用されていたら、ローランドもアイルトンも命だけは取り留められたかもしれない。現役のチャンピオンが、レース中に亡くなる。この悲劇を最後に、今日までの12年間、F1ではレースイベント中はもちろん、テストセッションでも(コースマーシャル2名が事故の破片等に当たり命を落としているが…)ドライバーの死亡事故は起きていない。これが必然かどうかはともかく、この12年間、その努力は報われてきた。しかし、この間も、危険な出来事はたくさんあった。一歩間違えば死んでいても不思議ではない出来事がたくさんあった。

横転し、裏返り、燃料タンクが破れ、タイヤが破裂し、エンジンが爆発し、、直線でブレーキが壊れ、横から高速で突っ込まれ、なすすべもなく宙に舞い上がり、こんなことは日常茶飯事である。レースである以上、100%の安全はあり得ない。もしも明日、誰かのマシンが空を飛び、死んでしまったとしても、それは不思議でも何でもない。

「戌年のF1」、12年周期で大きな事故が起きたのは決して偶然ではない。事故が起きると安全性の向上がクローズアップされるが、自動車レースは大前提として自動車の性能を発達させる競技であり、12年周期で起きる大事故は、安全性向上と車両性能向上のサイクルが逆転するまでにかかる時間が約12年間であったことを示しているのだ。

この12年間、F1マシンの性能は、これまでのどの12年間とも比べられないほど急速に進歩した。規制をかけてもかけても速くなる。コンピューター技術が発達し、「理論上速いマシン」や「理論上安全なマシン」を作ることが容易になったためである。しかし、どれだけ優秀なコンピュータでも、技術で担保できるのは過去の事故を解析することと、未来の事故を予測することだけである。

どんどん速くなるF1マシン。F1グランプリは最も速いマシンを決める競走であり、そのスピードへの欲求は決して間違った欲求ではない。自動車レースに於いて、危険とされる事故は、なにもスピードを出しているから起きるというものではない。車両性能が安全性向上への取り組みを追い越してしまったときに起きるのである。

進化し続けるF1。電子部品の塊になろうとも、車は人間が操縦しているという「緊張感」だけは忘れてならない。「2006・戌年のF1」が無事に終えられること、そして次の12年も痛ましい惨劇が起きないこと、願ってやまない。


F1では死亡事故が起きていないが、IRLでは起きてしまった。

かつてアレックス・ザナルディが両足を失ったときもそうだが、この手の事故は、マシンの剛性や衝撃吸収力を向上させたとて、物理的に対応できない。衝突を回避させる方法を考えるしかない。全開走行中のフィールドに、そうでないマシン(スロー走行中のマシン、加速中のマシン、リタイヤしたマシンやその残骸)が入ってきた場合の危険性は、どのカテゴリーにも共通する。たまたまマイアミのIRLで起きただけの事故である。

ドライバーに前方のコース状況を知らせる手段として、フラッグが用いられている。カテゴリーによっては、コクピットにフラッグと同色のランプが灯ることもある。しかし、コースマーシャルが状況を察知してから旗を振り(それからランプのセレクタを操作して)、これをドライバーが視認するまでにはタイムラグが生じる。たとえ数秒であっても、レーシングカーはその間に何十メートル、何百メートルも進む。

ならば、全てのマシンにGフォースと速度センサーを搭載し、どれか一台のマシンが通常ありえない数値を弾き出した場合には、他の全てのマシンに警告ランプを点灯させてはどうか。やろうと思えば簡単なこと。なんなら、ランプではなく、ヘルメットのバイザーに映し出すことだって可能なはず。電波を双方向テレメトリーに悪用できそうだとか、そういう「大人の事情」で導入が躊躇されているのかな…。

第36回 高松宮記念 (GⅠ)

一昨年の有馬記念から足かけ15ヶ月にわたって、「印を付けたレースは必ず買う」、「後付けの答え合わせはしない」をマイルールに続けてきた『私の負馬投票券』コーナーですが、本日をもって一区切りとすることに決めました。

(理由1) 競馬予想ブログのようになっちゃったから
(理由2) 他にもっとラクチンな方法があるから

…です。

1日分の予想記事をまとめるには、まじめにやると60分以上、平均すると30分前後、印だけの手抜きバージョンでも約15分かかります。前日にやってしまえばいいのですが、なかなか自由時間が決まって取れません。馬券を買いながら、この作業を並行させるのは、結構キツいものがあります。

とはいえ、あとから自分の記録として見るのが楽しかったりしますので、予想そのものは別に場所で続けていくつもりです。前にロッチさんとこで使ってたスクリプトをゴニョゴニョと“俺様専用印打ちマシン”に改造して使ってみたいと考えています。桜花賞までには準備したいと思います(予定は未定)。

なお、主に地方競馬PRや、地方馬・地方騎手の応援が大半ですが、言いたい放題のコラムはここで続けていきますので、ともども引き続きよろしくお願い申し上げます。


一応ハンデ戦なんだけど、59キロ背負ったヒシアトラス以外は、ハンデキャッパーがサボってるとしか思えない斤量。「結局、強い馬が勝つ」という前提ではハンデ戦をやる意味がない。昔のアラブ特別みたく、ドカっと豪快にハンデ付けしてほしいものだ。

中山11R マーチステークス [GⅢ](4歳上オープン) (国際)(指)ハンデ

ダ1800 / 15:25発走 / 出馬表

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 ◎サンライズバッカス
 ○オーガストバイオ
 ▲ヒシアトラス
 △ベラージオ
 ×クワイエットデイ

サンライズバッカスから馬連4点。


CBC賞は大雪順延。淀短距離Sと阪急杯は大雨泥田んぼ。シルクロードSは圧倒的外有利。オーシャンステークスは内田博幸が上手すぎ。参考にすべき前哨戦が1つもないまま本番を迎えた。逆に考えれば、前哨戦で好走して人気になる馬を切ってしまえばいいということ。なーんだ、簡単じゃん。

JRA騎手試験、一次免除の特典がありながら二次で落とされた吉田稔。要するに面接で落とされたということで、これは人格を否定されたようなもの。免許制度なんかクソクラエ。JRAへの仕返しは、無免許の身分でGⅠ勝ってやることだ。がんばれ。超がんばれ。

中京11R 高松宮記念 [GⅠ](4歳上オープン) (国際)(指)定量

芝1200 / 15:40発走 / 出馬表

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 ◎マルカキセキ
 ○キーンランドスワン
 ▲シーイズトウショウ
 △ゴールデンキャスト
 ×プリサイスマシーン

稔・マルカキセキから馬連流し。シンボリグランを押さえて、計5点。


ところで、日本時間今日未明に行われたドバイ国際競走、ドバイシーマクラシックでハーツクライが、ゴドルフィンマイルでユートピアが見事に優勝。2頭ともずっと応援してきた馬なのでめちゃんこ嬉しいです。それにしてもハーツクライはともかく、まさかユートピアが、それも圧勝するとは、にわかに信じられないことです。「泣き」橋口も、今日ばかりは「嬉し泣き」でしょう。あっ、主戦騎手でありながら留守番、しかも宮杯の騎乗もなかったアンカツさんには踏んだり蹴ったりの結果でしたね…。

また、ドバイゴールデンシャヒーンで、金沢競馬のホープ・吉原騎手が騎乗した森センセのアグネスジェダイは、見せ場たっぷりの6着。相手関係を考慮すれば、よく善戦したといえます。地方騎手にしては中央風のスマートなフォームで騎乗する吉原騎手は、まだ全国区ではあまり知名度の高くない騎手ですが、今年に入ってから森センセとオーストラリア遠征・滞在してみたり、先週の若葉Sでは森センセの人気薄に騎乗して3着に入ったりと、「騎手に厳しい」森センセもお気に入りの逸材です。ブレイク間近ですので、知らなかった人は名前覚えておきましょう。

ここでは、出走するたびに徹底的に斬りつづけてきたカネヒキリ、ハットトリック、フラムドパシオンは揃ってドボン。オメーラ、地方馬イジメたり、ヌルい競馬バッカしてるから、世界で通用しねーんだよ。

不肖なにわっち、伊達に外しているわけではありません。常に世界の競馬を意識しているのです(ウソ)。

馬柱提供:うまなり研究所

スポーツ小国・ニッポン

誰もが「人生は何が起こるか分からない」というけれど、ある程度の打算なりは持ち合わせて生きているものだ。プロ野球開幕の日に、長居でJリーグを見るようになるとは、少なくとも2年前の自分には絶対にあり得ないことだった。

というわけで、草野球仲間からは甲子園に誘われたが、家族サービス優先ということで長居に行ってきた。今シーズン初観戦。優勝を逃したあの試合から約4ヶ月ぶり。開幕から連敗中のセレッソ。しかし、「今年こそ」などと期待を抱くとコケるのは、このチームにとっては“いつも”のこと。あきらめた頃にブレイクするはずなので、長い目で付き合おう。

相変わらずサッカーのルールはよく分からない。特にファウルを取られる際の基準が分からない。激しいスライディングをしても笛が鳴らないことがあるのに、軽く競り合っただけで笛が鳴ることもある。イエローカードの基準もよく分からない。審判の判定に文句を言ってる選手は他にも一杯いるのに、ペナルティの対象になるのは一部の選手だけだ。なんか交通違反の取り締まりみたいだ。まぁ、素人にはグレーゾーンにしか見えない領域ってのは、どんなスポーツ競技にもある。たとえば無気力相撲。こんなもの、素人にはまず見抜けない。競馬なんかも、レース展開を読むには知識や経験が不可欠だ。実際に自分がプレーしてみたりすると、簡単に分かることなのかもしれない。

さて、先日、地元の同級生と酒の席にて、一人が「カーリングをやってみたい」と言い出した。私は「どっちかといえばボブスレーをやってみたい」と思っていたが、オリンピックで林さんに心を奪われたこともあるので、素直に賛成一票。あっという間に7人が集まったので、早速準備に動き出すこととした。

しかし、いきなり壁にぶち当たった。大阪には、いや近畿圏には、カーリングができる場所がないというのである。スケートリンクに片っ端から電話を掛け、教育委員会にも電話を掛け、新聞社にも電話したものの、無いものは無いのだという。あるスポーツ用品メーカーに電話して分かったのだが、そもそもカーリングで使う漬物石(ストーン)は、一個の価格が約10万円するらしい。10個買うと100万円である。割れたりすることはまずなく、一度買えば一生モノらしいが、どっちにしろ遊び半分で気軽に用意できる額ではない。

ちなみに、ボブスレーのソリは、オリンピックで上位に入るような国が使うものになると、レーシングカーのように風洞実験を繰り返して開発されるため、定価が付けられないという。「市販品」として流通するもので一台約600~800万円の値が付くというから、レーシングカーでいえばF3よりちょっと安いくらいか。トリノオリンピックで日本代表が使ったソリは、2年前に製造されたソリで、使い込まれてヘタリの出た、修理歴もある旧式のソリだったという。日本の選手たちは、ヨーロッパの選手から「うちが去年使ったのを貸してあげようか」とからかわれたという。

おまけに、国内でボブスレーを滑降させられる場所は長野ただ一ヶ所だという。600万円もする型落ちのソリをやっとの思いをして買っても、練習をするため、試合をするため、いちいち長野まで行かなくてはならない。これではナンボかかるか分かったもんじゃない。子どもが「ボブスレーやりたい」と言い出した日にゃ、並みの稼ぎの親ならば借金地獄に落ちる覚悟を決めなければならない。

場所もない。道具を揃えるだけでも大変。なかなか競技人口が増やせない。もしかすると金メダルが獲れたかもしれない才能を、たかが数百万円のために潰してしまうことだって考えられる。これでは、獲れるメダルも獲れない。

1億円あれば、100のカーリングチームが作れるのだ。我が国の工業技術を集約すれば、白人から嘲笑されないソリだって作れないはずがない。これは、我が国にとって、決して不可能なことではない。赤字の野球チームに何十億も垂れ流している企業がたくさんあるのだ。実に勿体ないことである。なにしろ野球という競技だけが、統括する競技団体を作らず、スポーツ界の輪の外で単独活動しているのだ。他の競技を俯瞰するにつけ、野球偏重とその弊害について考えさせられる。

カーリングはあきらめ、ボブスレーなんてとんでもない、ボール一個でできるフットサルでもやろうか。そんな流れになりつつある。サッカー経験ゼロなのでキーパーをさせられるのは目に見えているが、ファウルを取られる基準くらいは体で覚えてみたいと思う今日この頃である。

2006 大阪近鉄バファローズ 選手名鑑

去年もそうだったんだけど、選手名鑑を買ってきても「近鉄」のページがないので手持ち無沙汰だ。気持ちの慰め程度に、作ってみた。

ここに高村さんと、小池さんと、川尻さんと、星野さんを入れたら、マジメに日本一が狙える布陣だ。そうそう、作ってる途中にいきなり引退表明しちゃった狼主さんもウェルカムバック。順位予想するなら、「1位・近鉄」の横に、赤の極太マジックで「ブッチギリ」と書き加えたくなる。今となっては叶わぬ夢だが…。

大阪近鉄バファローズ
OSAKA KINTETSU BUFFALOES
氏名年齢出身投・打Bu在籍今季所属
投手15福盛 和男30宮崎右・右'04東北楽天
16山村 宏樹30山梨右・右'00-04東北楽天
17香月 良太24福岡右・右'04合併球団
20山本 省吾28石川左・左'01-04合併球団
21吉井 理人40和歌山右・右'85-94合併球団
21野茂 英雄37大阪右・右'91-94シカゴ
21岩隈 久志25東京右・右'00-04東北楽天
22田中 祐貴 (ユウキ)27愛知右・右'98-01合併球団
22愛敬 尚史30大阪右・右'01-04東北楽天
24門倉 健33埼玉右・右'00-03横浜
26有銘 兼久28沖縄左・左'02-04東北楽天
29矢野 英司30神奈川右・右'04東北楽天
33高木 康成24静岡左・左'00-04合併球団
36朝井 秀樹22大阪右・右'02-04東北楽天
38三沢 興一32埼玉右・右'01-03東京ヤクルト
38前川 勝彦28大阪左・左'97-03合併球団
40大塚 晶文34千葉右・右'97-02テキサス
42ジェルミー パウエル30アメリカ右・右'01-04読売
42ケビン バーン32アメリカ右・左'03-04千葉ロッテ
47宮本 大輔25宮崎右・右'00-04合併球団
48ヘクター カラスコ36ドミニカ右・右'04アナハイム
48阿部 健太22愛媛右・左'03-04合併球団
49吉田 豊彦40大分左・左'02-04東北楽天
51佐藤 和宏29熊本左・右'02-04東北楽天
56根市 寛喜24青森右・右'04東北楽天
60藤崎 紘範26宮崎右・右'99-04東北楽天
65近藤 一樹23神奈川右・右'02-04合併球団
99吉川 勝成29京都右・右'00-04合併球団
捕手的山 哲也36兵庫右・右'94-04合併球団
31藤井 彰人30大阪右・右'99-04東北楽天
44鈴木 郁洋31福島右・右'03-04合併球団
45新里 賢25大阪右・右'04東北楽天
58長坂 健治29神奈川右・右'02-04東北楽天
67横山 徹也22京都右・右'03-04合併球団
内野手00山崎 浩司26大阪右・右'99-04広島
吉岡 雄二35東京右・右'97-04東北楽天
高須 洋介30佐賀右・右'98-04東北楽天
阿部 真宏28神奈川右・右'01-04合併球団
水口 栄二37愛媛右・右'91-04合併球団
中村 紀洋32大阪右・右'92-04合併球団
23北川 博敏34兵庫右・右'01-04合併球団
32前田 忠節29和歌山右・右'00-04阪神
37永池 恭男33福岡右・右'03-04東北楽天
38山下 勝己29大阪右・右'00-04東北楽天
50吉川 元浩27群馬右・右'98-02読売
53坂 克彦21茨城右・左'04東北楽天
57筧 裕次郎22兵庫右・左'03-04合併球団
58三木 仁27大阪右・右'02-04合併球団
59中本 和希25和歌山右・左'04合併球団
外野手00森谷 昭人27京都右・両'98-04東北楽天
00代田 建紀32神奈川右・両'98-99千葉ロッテ
大村 直之30兵庫左・左'94-04福岡ソフトバンク
礒部 公一32広島右・左'97-04東北楽天
鷹野 史寿33東京右・右'00-04東北楽天
24平下 晃司28宮崎右・左'96-00千葉ロッテ
36下山 真二31兵庫右・右'03-04合併球団
40益田 大介33兵庫右・左'01-04東北楽天
50大西 宏明26兵庫右・右'03-04合併球団
52坂口 智隆22兵庫右・左'03-04合併球団
61川口 憲史30福岡右・左'95-04東北楽天
63牧田 明久24福井右・右'01-04東北楽天
63吉良 俊則20大分左・左'04合併球団

プロ野球カラー名鑑 (2006)ちなみに、私が毎年購入するのはベースボールマガジン社発行のポケットサイズの選手名鑑。それほど濃いものではないが、必要最小限の情報に絞って収録されているので使いやすい。昨年までは白黒だったが、今年から写真がカラーになった。

この選手名鑑、各球団のインデックスに、球団の沿革と歴史が掲載されるのが通例である。西武ライオンズのページには西鉄ライオンズの歴史が、ソフトバンクホークスのページには南海ホークスの歴史が、松竹、毎日、国鉄、産経、東映、日拓などなど、身売り前の球団の歴史もちゃんと載っている。

しかし、オリックスバファローズのページに近鉄バファローズの歴史は収録されていない。「2004年、近鉄を吸収しバファローズに改称した」と記されているのみである。オリックスバファローズ(ブルーウェーブ)の前身は阪急ブレーブスという扱いだからである。近鉄の歴史は既に無かったものであるかの如し。

近鉄が一度も日本一になれなかった弱小球団であることは間違いない。しかし、近鉄の歴史は消されてしまうほど無意味なものではない。55年という時間の中には、プロ野球史の1ページを与えられてしかるべき記録や名勝負があったはずである。なにより、近鉄を倒して日本一になったチームがあることを忘れてはならない。1つの球団の歴史を消してしまうことは、プロ野球の歴史を半分消してしまうに等しい。

どこか隅っこに、余白に虫眼鏡を使わないと読めないような小さい字でもいいから、近鉄の歴史を載せてほしかった。プロ野球の歴史の中には、パリーグが、近鉄が、我々ファンに熱い感動を提供した日があった。破廉恥きわまりない球団合併を二度と繰り返してはならぬと、誓いの涙を流した日のことを消してしまってはならない。歴史とは、「故きを温ねて新しきを知る」ものだから…。

幸せって何だろう? - ハートランドヒリュの死に寄せて

「幸せ」と「不幸せ」は、人によって違う。ある人には諸手をあげて万歳したくなるような幸福も、それが別のある人には絶望的な不幸だったりする。その逆も然り。「幸せ」を絶対定義することは本当に難しい。

あらためて、ハートランドヒリュが最多出走記録に並んだときにしたためた駄文を読み返してみた。冷たい言い方かもしれないが、競走馬は走れなくなったら価値がない経済動物である。走りながら死ぬことのできる馬は、走ることを取り上げられ人間の手で淘汰されていく馬に比べて、はるかに幸せではないかと思う。生物界の頂点に君臨する人間の価値観ではそうなる。

長く競馬にたずさわっていると、馬の死に対して慣れっこになる。馬が生き物である以上、毎日どこかで馬が死ぬ。悲惨な死に方や理不尽な死に方なんて日常茶飯事だ。人間というのは賢い生き物であると同時に愚かな生き物でもあるから、命に対して敏感すぎると疲れることを知り、命に対して鈍感に振る舞うようになるのだ。「死」を遠巻きに「生」を見つめようとするのが、人間のエゴである。

幸せな馬とは、一体どんな馬なんだろう。馬にとっての幸せとは、一体どんな幸せなんだろう。もしも言葉が通じるならば、馬に聞いてみたい。

JRAで127戦出走、ハートランドヒリュが死亡

 JRAサラブレッド最多出走記録を更新中だったハートランドヒリュ(牡10、栗東・河内洋厩舎)が、22日の調教中に急性心不全を発症し、死亡したことが明らかになった。

 同馬は父ランドヒリュウ、母テルノワカクサ(その父パーソロン)という血統。98年12月の3歳新馬(阪神・ダート1200m)で栗東・清水久雄厩舎からデビューし、8戦目の4歳未勝利(阪神・ダート1400m)で初勝利。05年10月23日の愛宕特別(京都・ダート1800m)でオートダービー(牡、62年登録抹消)の持つ最多出走記録122回に並び、同年11月13日のドンカスターC(京都・芝1800m)で43年ぶりに更新した。06年3月12日の遠州灘特別(中京・芝2000m)で通算出走記録を127戦に伸ばし、アラブのトキノヒカリ(牝、65年登録抹消)が持つJRA最多出走記録、128戦にあと1戦と迫っていたが、このレースが最後となった。通算成績127戦4勝。

最後に、ずっとハートランドヒリュを応援してこられた船長さん(@ケイバの復習)の言葉を紹介して締めくくる。

ヒリュ師匠に教えてもらったこと。

幼い頃は「がんばれば何とかなる」と教えられてきましたが、30歳を過ぎると「努力しても報われない」とだんだん思うようになっていました。でも、師匠の走りを見るたびに「頑張っていれば、何とかなるんじゃないか?」とまた思うようになりました。

たかが経済動物。されど経済動物。人間にとって馬は、幸せを授けてくれるパートナーでもあるのだ。幸せを運んでくる馬に、人間は何をしてあげられるのだろうか…。

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