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パシフィックリーグ史上初の完全試合が記録された日

51年前の今日、1955年6月19日、大阪球場で行われた近鉄対大映のダブルヘッダー第2試合において、近鉄の武智文雄投手が完全試合を達成した。2リーグ分裂後、パリーグで記録された無安打無得点試合はこれが3試合目であったが、完全試合はこれが最初である。以来、パリーグでは、武智投手を含めて計8人の投手が完全試合を記録することになるが、あとにもさきにも、近鉄の投手が完全試合を記録したのはこの一回のみである。球団黎明期、「パリーグのお荷物」と揶揄された近鉄球団であるが、「やるときはやる」気っ風は当時から根付いていたようだ。

ちなみに、どうでもいいことであるが、近鉄の投手が無安打無得点試合、いわゆるノーヒットノーランを記録したのは、件の完全試合を記録した武智文雄投手、先だって54年の山下登投手、68年と71年の鈴木啓示投手、75年の神部年男投手、00年のエルビラ投手の6度である。なお、近鉄は、完全試合の2週間前、55年6月4日には、平和台球場にて西鉄の山下登投手に無安打無得点で敗れており、これを皮切りに球団消滅まで合計6度、無安打無得点試合を献上している。95年には、藤井寺球場でオリックスのベテラン佐藤義則投手に、最年長ノーヒッターの記録を作られ、その試合は私にとってもスタンドで見る初めての無安打無得点試合となった。

(2006/06/21)

70年10月6日、大阪球場の南海戦で、近鉄・佐々木宏一郎投手が完全試合を達成していました。上段「あとにもさきにも、近鉄の投手が完全試合を達成したのはこの一回のみである」は誤りです。また「ノーヒットノーランを記録したのは(中略)6度である」は、正しくは、「70年の佐々木宏一郎投手」加えた「7度」であります。加筆をもって修正とさせて頂きます。

さらに余談であるが、日本プロ野球における最初の完全試合は、50年6月28日に青森球場で行われた巨人対西日本戦で、巨人の藤本英雄投手によって記録された。当時の日本にはまだ「完全試合」という呼び名どころか考え方そのものが根付いておらず、あとになって新聞記者が気付き、球場の隣の食堂から本社のデスクに「走者を一人も出さなかった場合、大リーグではなんと呼んでいるのか調べてくれ」と電話したエピソードが残っている。記者が奔走する間に、西日本の27人目の打者、代打として自ら打席に入った小島利雄監督が凡退し、試合終了。

今では考えられないことだが、地方球場の試合ということもあって、なにしろ球場の中に電話もなければ、記者も一人。カメラマンは帯同しておらず、この試合の写真は一枚も残されていない。調査の結果、大リーグでは「パーフェクトゲーム」と呼ばれていることが分かり、翌日の紙面には和訳されて「完全試合」の文字が躍った。

さて、武智投手についてであるが、正直、私は彼がどんな投手であったか、全く知らない。今日、たまたま選手名鑑の巻末についていた記録集を読んでいて、6月19日の数字に目が止まって知ったくらいなのである。パリーグ初の完全試合が、近鉄の投手によって記録されていたという事実は、相当な近鉄ファンでもその多くが知らないことだろう。もはや歴史上の選手としてもあまりにマイナーな存在で、調べる術もない。武智投手がどのように27人の打者と対峙したのか分からない。この試合のランニングスコアも全く不明である。

生まれる前のことだから知らなくて当たり前ともいえなくないが、あらためて近鉄球団とは、球団の歴史に貢献した選手を活用し、ファンに球団の魅力を訴えかける努力を怠っていたのだと気付かされるところでもある。近鉄は「外様に優しい」オープンな球団である反面、「お抱えに厳しい」クールな球団だった。いつの頃からか、選手が他球団に流出しても、ファンは「どうせフロントが悪いに決まってる」と口にしてしまうようになっていたものだ。OBをもっと大切にする球団であったなら、ファンのチームに対する愛着や思い入れも違っていたはずであり、悔やまれてならないところである。

これは、なにも野球に限ったことではない。一昨日があったから昨日がある。昨日があったから今日がある。何事においても、過去へのリスペクトを怠るということは、今この瞬間をリスペクトしていないのと同じ意味を持ってくるのである。武智投手の偉業と、近鉄球団のふがいなさ。もう、近鉄球団はこの世になく、改心を期待することもできない。しかし、そのギャップと理不尽の中にこそ、近鉄バファローズが遺した「人生訓」があるわけで、これを脳裏にとどめておくことは決して無意味ではない。

無くなってもなお存在感があり、色々なことを考えさせてくれ、様々なことを教えてくれる。近鉄バファローズとは実に奥深い球団である。なまじマイナー球団だったおかげで、未知の領域を掘り出す楽しみが尽きないともいう。今日も全国で行われているデタラメだらけのプロ野球を見るよりも、記録集を穴が開くほど読み込んでいた方が楽しいような気さえする。なにしろ、歴史の中に埋もれた名選手を見つけるたびに「近鉄ファンになって良かった」と思えるのだ。

死すとも忘れじ6月13日

今年もまた6月13日がやってきた。

近鉄バファローズはおろか、わずかにその匂いを漂わせていたものさえ、日を追うように消えていく。今なお残るのは、脳裏に焼き付いている鮮烈な記憶だけである。

2年前の6月13日。今日と同じように暑かった。

試合を見に来たお客さん、これから試合をする選手、みんな何が何だか分からなかった。ただ、事件が起きたときだけパリーグに注目する、質の悪いマスメディアが球場の内外で騒いでいた。

試合の真っ最中、当事者から逃げるように行われた記者会見。山口昌紀がのたもうた嘘八百。

何も知らない観客。豊彦さんが踏ん張った。延長戦に入った。森谷が走った。後ろめたいものを振り払うように、目の前のゲームを楽しんだ。

思えば、プロ野球を見て、心の底から「楽しかった」と思えたのは、この前日、6月12日の試合が最後だった。6月13日以降、楽しもうと無理をした日こそあったが、素直な気持ちでプロ野球を楽しんた日なんて一日もない。

2004年6月13日に何があったか、私は墓場に入っても忘れない。墓石には岡本画伯の牛マークを刻んでもらおうと思う。

この日を境に、近鉄は、パリーグは、いやプロ野球は、デタラメを押し通すために新しいデタラメを重ね、どうしようもなくデタラメな今日に至った。デタラメの起点である2004年6月13日に立ち返らずして、プロ野球の再生など決してありえない。「改革」だのなんだのと美辞麗句を並べても、出発点も針路もデタラメな船の行き着く先は、しょせんデタラメなのである。

2年が過ぎた。目の前に転がっているプロ野球は、デタラメにしか見えない。当然である。デタラメの上に何を重ねてもデタラメには変わりないのだ。デタラメなプロ野球でも、そこに生活の糧を求めて食らいつかなければならない人たちもいるわけで、デタラメ、デタラメと言うのは大変気が引けるが、やっぱりデタラメはデタラメである。

「おかしいものはおかしい」。あの6月13日以降、あちこちで何度も聞いた、何度も声にした。3ヶ月後、プロ野球は答えをくれた。基準がデタラメなプロ野球に向かって、「おかしい」と言う方がおかしいのだと。

プロ野球は一から百までデタラメである。とりわけ、あの6月13日以降のプロ野球は、ホームラン級のデタラメ状態である。改革と称して、目先鼻先を散らし、ひとまず外観からデタラメを取り払った。中身は何も変わっていないのだ。それ以上でも、それ以下でもない。

土台を作らず、話題ばかりを追う。会議室に入れば、まず何より企業間の利害調整を優先する。立ちゆかなくなれば、マスヒステリックを引き起こし、それが「人気なのだ」と腕を組む。プロ野球は、デタラメを循環させるコミュニティなのだ。

したがって、今日のプロ野球は、デタラメがデタラメで改善できると信じる、おめでたい人によって支えられているといって構わない。デタラメを見つけても決して指摘してはならない。さもないと野球が嫌いになってしまうだろう。野球を楽しむためにはデタラメでなくてはならない。

都合の悪い過去は黒く塗りつぶせばそれで済むと、デタラメのはじまりを「風化」あるいは「美化」させようとする人も少なくない。プロ野球からデタラメを取っ払ってしまえば、何も残らないからである。かろうじてプロ野球に食らいついたデタラメな人間が、自らデタラメを改善する必要に迫られることはないため、ともいう。

プロ野球からデタラメが駆逐される日は来るのだろうか。そう期待したこともなかったではないが、今はもうそんな思いもどこかへ消えて無くなってしまった。あれはデタラメなもので、デタラメな人間と、デタラメをデタラメと思わない人間だけが楽しめるものなんだと、なんとなく達観の領域に入ってしまったからだ。

人生がもう一度あったなら、デタラメな人間に生まれてみたいものである。デタラメなプロ野球は、デタラメでなければ楽しめないのだ。近鉄のユニフォームを着て、デタラメだらけのプロ野球の中でもとびきりデタラメな存在である合併球団を応援できる、とてつもなくデタラメな人間を羨ましく思う。デタラメな人間にはなれそうもない己を恨めしく思う。

来年も、再来年も、6月13日はやってくる。平均寿命80年、不摂生で早死にするとしても、まだまだ何十回と6月13日を通り過ぎなければならない。残念ながら、今後も、デタラメな人間にはなれそうもない。バカ正直と言われようが、ただひたすらに、一日でも早く、どうか生きているうちにと、デタラメが、とりわけ忌まわしいデタラメ、破廉恥な合併球団が、この世から消え去ってくれることを願ってやまない。

第7回 兵庫ダービー [重賞]

さて、口の悪い人は「曽和ダービー」などと揶揄していたりするわけですが、とまぁそんな話は横に置くといたしまして、いよいよ明日は兵庫ダービーです。

よく「競馬の一年はダービーに始まりダービーに終わる」というわけですが、私こと縁あって馬主になり約一年、ダービーどころか未勝利戦にもがくという立場にございますれば、ここに馬を送り出すだけでもう十分に栄誉なことなんだなと身に染みて感じるわけであります。来年こそは、来年こそは、来年こそは…。

2006年6月8日(木) 園田 第11競走
第7回 兵庫ダービー [重賞]
サラブレッド系3歳 馬齢 ダート(右)1870m 16:00発走
賞金 1着6000 2着1500 3着720 4着480 5着300 (単位1000円)
枠番馬番本紙馬名 / 性齢・毛色・父母・戦績調教師騎手・斤量
1
1
牡3 鹿毛
父 アジュディケーティング
母 マルヒロダンサー
通算 3-2-0-0 園田 3-2-0-0
(兵庫)
54.0
2
2
牡3 黒鹿毛
父 ピルサドスキー
母 デンコウセッカ
通算 2-0-2-7 園田 2-0-2-6
(兵庫)
54.0
3
3
牡3 栗毛
父 キャプテンスティーヴ
母 ドラールオウカン
通算 2-2-1-9 園田 1-2-1-5
(兵庫)
54.0
4
4
牡3 鹿毛
父 カコイーシーズ
母 ナカミファンタジア
通算 3-1-0-2 園田 3-1-0-2
(兵庫)
54.0
5
5
牝3 鹿毛
父 タイキシャーロック
母 イチマツモアー
通算 1-4-3-4 園田 1-3-3-2
(兵庫)
53.0
6
6
牝3 栗毛
父 アサティス
母 ジャパネスク
通算 1-1-1-12 園田 1-1-1-10
(兵庫)
53.0
7
牡3 鹿毛
父 メイセイオペラ
母 マツクスコルティ
通算 5-2-1-1 園田 4-2-1-0
(兵庫)
54.0
7
8
牡3 鹿毛
父 ステイゴールド
母 スピードスルー
通算 1-1-1-13 園田 1-1-1-10
(兵庫)
54.0
9
牡3 鹿毛
父 ブラックタキシード
母 ダイタクプルクラ
通算 3-0-0-2 園田 3-0-0-0
(兵庫)
54.0
8
10
牡3 鹿毛
父 サニーブライアン
母 サニーアイロニス
通算 2-2-0-9 園田 2-1-0-7
(兵庫)
54.0
11
×
牡3 鹿毛
父 アイランドキング
母 シマブルーム
通算 2-4-4-7 園田 1-4-3-7
(兵庫)
54.0

一応、簡単に見解と寸評を…。

ジョイーレは、デビュー前から「今年の一番馬」と評判になっていた馬。2歳夏のJRA遠征(芝)こそ惨敗に終わったものの、兵庫ジュニアグランプリ[GⅢ]で2着に入り、ダートなら一線級にも通用するところをみせました。その後の二走は疲れと調整不足に泣きましたが、先月の兵庫チャンピオンシップ[GⅡ]で公営最先着の3着に入線。これからもっともっと大きいところを狙える馬ですから、ここはなんとしても負けられない一戦でしょう。

ウインドファンタジは、兵庫ジュニアグランプリでジョイーレに次ぐ地元馬2番手の4着に健闘。暮れの園田ジュニアカップでは、鮮やかな後方マクリでジョイーレ以下を差しきりました。年が明け、東海北陸地区交流の園田ユースカップで重賞2勝目。しかし、その後は順調さを欠き、結局、中3ヶ月半でダービーへ直行。一抹の不安が残りますが、一発の破壊力ならこの馬。あっさり勝っても驚きません。

チャンストウライは、上記2頭とは完全に別路線を歩んできました。認定新馬を勝ったのち、地元の2歳戦には目もくれず、JRAの芝のオープンに挑戦。結果は振るいませんでしたが、中央の一線級を相手に類い希なるスピードの片鱗をのぞかせました。3歳になり、地元の特別を2連勝。賞金を加算して出走権を掴みました。地元・ダートでは依然無敗。今年好調の下原騎手も心強い要素です。

よっぽどのことが起こらない限り、アタマはこの3頭のどれかで決まりでしょう。

オリエンテーリングは、トライアルの勝ち馬。ただし、兵庫チャンピオンシップ[GⅡ]の前日に行われたこともあり、メンバーは手薄で、レースのレベルはあまり高くなかったような気がします。最内枠を引いたのもマイナス材料ですが、鞍上はスタートが日本一上手な岩田騎手。すんなり先行できれば簡単には止まらないかもしれません。

×アイランドイチは、長く勝ち星から遠ざかっていますが、JRAのコワモテ相手なので、着拾いでも競走の中身が評価に値します。今回は人気馬が真ん中より内の枠に固まっているわけですが、やはり園田は外枠を抑えなければという思いもあります。

キャプテンオペラは、なかなか人気になりませんが、展開がハマると抜群の切れ味で突っ込んできます。しかも、田中学騎手が、ウインドファンタジではなくこちらを選んだという点が、非常に不気味です。穴党なら、この馬でしょう。

点数を絞りたいので、ヒモ選びでギリギリまで悩みたいと思います。


『人も馬も同じ夢見る一週間』 - 地方競馬ダービーウイーク開催中!

まぁ、企画そのものがおもくそ見切り発車だったり、色々とツッコミどころはあるんだけど、もう既に開幕しちゃってるわけで…

とりあえず、キャッチフレーズとCMだけはカッコいい。

 

中央競馬と地方競馬。一国二制度の日本の競馬。かつては、サラの東京・日本ダービー、アラの園田・楠賞全日本アラブ優駿、つまり中央競馬と地方競馬にはそれぞれの頂点があった。

日本のアラブ系の馬は、そもそも軍用馬として使うために品種改良されてきたとされる。そのためサラブレッドより気性的に扱いやすく、身体も頑丈で故障しにくい。おまけに生産コストも低く抑えることができる。

戦後、復興のため各地で競馬が企画されるが、厩舎は空っぽで馬が足りない。そこで余った軍用馬=アラ系を調達して走らせた。これが日本の近代競馬のはじまりである。以来、日本の競馬を支えてきたのはまぎれもなくアラブ系の競走馬である。

しかし、折しもバブル景気に突入しようという時代、中央競馬がアラブ系競走を全廃し、アラブ系競走馬の需要は激減した。公営の雄・南関東も追随し、アラブ系を中心としていた地方競馬の競走体系は崩壊を余儀なくされることになる。“アラブのメッカ”と呼ばれた園田競馬でも段階的にサラブレッドが導入されることになった。

10数年、気が付けば、かつてはサラブレッド系と数を分け合っていたアラブ系の年間生産頭数は100頭を割った。産業としてのアラブ系繁殖は、既に終了したといえる。衰退する中で気をはいた近年のアラブ系名馬たちの仔が競馬場へ帰ってくることはない。せいぜい今後はJRAが補助金を付けて絶滅しない程度に“種の保存”が行われる程度のことだろう。

もうアラブ系競走をやろうにも、馬がいないのだからできない。アラブ系のみの体系を最後まで守り続けた福山競馬もとうとう音を上げ、全ての地方競馬場にサラブレッドが導入された。サラブレッドの購入・維持には当然コストがかかる。サラ導入の多大な負担にとどめを刺されるように、廃止の憂き目を見た零細競馬場も片手指に収まらない。

ダービーウィークに施行される6つの地方ダービーは全てサラブレッド系の競走馬で争われる。たとえここを勝って「ダービー馬」の称号を得ても、現実問題たかがしれている。地方のダービー馬も、ごく稀な例を除いて、しょせんは中央に行きそびれた落ちこぼれであり、中央のエリート馬には全く歯が立たない。

地方競馬は昔から中央競馬の二軍だったわけではない。ほんの一昔前まで、地方競馬はアラブ系の頂点だった。そこにわずかながら、地方の優駿の純粋な価値を見いだすことが出来たのである。ところが、アラブ系競走の衰退によって地方競馬は屋台骨がすっぽり抜け落ちた。このまま中央競馬への大きな対立軸を失っている限り「中央競馬の二軍」という虚しい現実はとめどなくつづくことになるだろう。

ちょっぴりでいい。地方競馬が輝いていた時代のことを思い出してほしい。失った時代を取り返すことは出来ないが、再生のヒントくらいは転がっているはずだから。

予想(私の負馬投票券2006)

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