死すとも忘れじ6月13日
今年もまた6月13日がやってきた。
近鉄バファローズはおろか、わずかにその匂いを漂わせていたものさえ、日を追うように消えていく。今なお残るのは、脳裏に焼き付いている鮮烈な記憶だけである。
2年前の6月13日。今日と同じように暑かった。
試合を見に来たお客さん、これから試合をする選手、みんな何が何だか分からなかった。ただ、事件が起きたときだけパリーグに注目する、質の悪いマスメディアが球場の内外で騒いでいた。
試合の真っ最中、当事者から逃げるように行われた記者会見。山口昌紀がのたもうた嘘八百。
何も知らない観客。豊彦さんが踏ん張った。延長戦に入った。森谷が走った。後ろめたいものを振り払うように、目の前のゲームを楽しんだ。
思えば、プロ野球を見て、心の底から「楽しかった」と思えたのは、この前日、6月12日の試合が最後だった。6月13日以降、楽しもうと無理をした日こそあったが、素直な気持ちでプロ野球を楽しんた日なんて一日もない。
2004年6月13日に何があったか、私は墓場に入っても忘れない。墓石には岡本画伯の牛マークを刻んでもらおうと思う。
この日を境に、近鉄は、パリーグは、いやプロ野球は、デタラメを押し通すために新しいデタラメを重ね、どうしようもなくデタラメな今日に至った。デタラメの起点である2004年6月13日に立ち返らずして、プロ野球の再生など決してありえない。「改革」だのなんだのと美辞麗句を並べても、出発点も針路もデタラメな船の行き着く先は、しょせんデタラメなのである。
2年が過ぎた。目の前に転がっているプロ野球は、デタラメにしか見えない。当然である。デタラメの上に何を重ねてもデタラメには変わりないのだ。デタラメなプロ野球でも、そこに生活の糧を求めて食らいつかなければならない人たちもいるわけで、デタラメ、デタラメと言うのは大変気が引けるが、やっぱりデタラメはデタラメである。
「おかしいものはおかしい」。あの6月13日以降、あちこちで何度も聞いた、何度も声にした。3ヶ月後、プロ野球は答えをくれた。基準がデタラメなプロ野球に向かって、「おかしい」と言う方がおかしいのだと。
プロ野球は一から百までデタラメである。とりわけ、あの6月13日以降のプロ野球は、ホームラン級のデタラメ状態である。改革と称して、目先鼻先を散らし、ひとまず外観からデタラメを取り払った。中身は何も変わっていないのだ。それ以上でも、それ以下でもない。
土台を作らず、話題ばかりを追う。会議室に入れば、まず何より企業間の利害調整を優先する。立ちゆかなくなれば、マスヒステリックを引き起こし、それが「人気なのだ」と腕を組む。プロ野球は、デタラメを循環させるコミュニティなのだ。
したがって、今日のプロ野球は、デタラメがデタラメで改善できると信じる、おめでたい人によって支えられているといって構わない。デタラメを見つけても決して指摘してはならない。さもないと野球が嫌いになってしまうだろう。野球を楽しむためにはデタラメでなくてはならない。
都合の悪い過去は黒く塗りつぶせばそれで済むと、デタラメのはじまりを「風化」あるいは「美化」させようとする人も少なくない。プロ野球からデタラメを取っ払ってしまえば、何も残らないからである。かろうじてプロ野球に食らいついたデタラメな人間が、自らデタラメを改善する必要に迫られることはないため、ともいう。
プロ野球からデタラメが駆逐される日は来るのだろうか。そう期待したこともなかったではないが、今はもうそんな思いもどこかへ消えて無くなってしまった。あれはデタラメなもので、デタラメな人間と、デタラメをデタラメと思わない人間だけが楽しめるものなんだと、なんとなく達観の領域に入ってしまったからだ。
人生がもう一度あったなら、デタラメな人間に生まれてみたいものである。デタラメなプロ野球は、デタラメでなければ楽しめないのだ。近鉄のユニフォームを着て、デタラメだらけのプロ野球の中でもとびきりデタラメな存在である合併球団を応援できる、とてつもなくデタラメな人間を羨ましく思う。デタラメな人間にはなれそうもない己を恨めしく思う。
来年も、再来年も、6月13日はやってくる。平均寿命80年、不摂生で早死にするとしても、まだまだ何十回と6月13日を通り過ぎなければならない。残念ながら、今後も、デタラメな人間にはなれそうもない。バカ正直と言われようが、ただひたすらに、一日でも早く、どうか生きているうちにと、デタラメが、とりわけ忌まわしいデタラメ、破廉恥な合併球団が、この世から消え去ってくれることを願ってやまない。












