「日本の教科書」は日本をどう教えているのか?
実家の物置から、中学2年のときに使った社会科の教科書を掘り出してきた。発行元は大阪書籍である。
琵琶法師が鼻血を出していたり、ザビエルに“ツノ”が生えていたり、黄色いマーカーで線を引いた部分より落書きされた箇所の方が多いような気がするわけだが…。
何年か前に買った、扶桑社の『新しい歴史の教科書』を、久々に本棚から引っ張り出してきた。
ザッと見比べる。ただただ「物は言い様ですな…」と呆れかえる。
豊臣秀吉の「朝鮮出兵」について、私が学んできた落書きだらけの教科書は「朝鮮侵略」と記載している。秀吉軍と戦った李舜臣は「英雄」と表記され、ご丁寧なことに銅像の写真まで載っているのである。ここで、ちょいちょいと鎌倉時代まで頁をさかのぼってみる。すると、元寇は「日本遠征」と記載されている。さらに、現代史の頁を開くと、昭和20年8月の終戦直前になって北方領土へ軍を進め、終戦後も武力で実行支配し続けているソ連(ロシア)については、これを「対日進攻」と記載されている。
扶桑社の教科書は、秀吉が朝鮮に「出兵した」と定義している。大阪書籍とほぼ同等の字数を割いているが、あちらの「英雄」の写真の代わりに、地図が掲載されており、その出兵の目的が朝鮮王朝の征服ではなく、明(中国)と対等な外交関係を構築するためだったとする記述も見られ、秀吉軍が撤兵を決断したのは明の軍隊(援軍)との戦いに敗れたためと締めくくっている。元寇については、「元の襲来」と定義し、2度に渡る元寇と戦うため、それまでやや不和だった幕府と朝廷が手を合わせて戦ったことや、「神風」のエピソードなど、約2頁に渡って詳細に記述している。ソ連については、「中立条約を一方的に破って日本に対して宣戦布告した」と明記している。
さて、豊臣秀吉は「侵略」で、クビライ・カーンは「遠征」で、ソ連は「進攻」と記す大阪書籍の教科書。その語彙の違いは一体何を根拠としたものなのか。また、朝鮮出兵にはほぼ1頁を割いている「詳細かつ懇切丁寧」な教科書が、元寇という日本有史以来未曾有の大国難には何のキャプションも付けず数行の記述にとどめ、ソ連軍が我が国固有の領土を60年以上に渡って不当占拠している国辱的な出来事に至っては、わずか2行にも満たない記述にとどめているのはナゼなのか。
どう考えても、子供に対して、印象の刷り込みを狙った意図的な表記違いとしか考えられないのである。そうでなければ他に説明が付けられない。
近代史の頁に至っては、もはや「表現の違い」では片付けられない部分が多く目に付く。なお、扶桑社の教科書は全336頁のうち160頁以上を明治以降の近現代史に割いている。大阪書籍のそれとは割合にして2割以上の差がある。
大阪書籍の教科書では、伊藤博文は「最初の内閣総理大臣」で「韓国人に暗殺された」と紹介されるのみである。韓国服に身を包んだ初代総督の肖像は、扶桑社の教科書にのみ登場する。我が国を守るために戦った東郷平八郎元帥や乃木希典将軍の名前も、扶桑社の教科書にのみ登場する。アジアの小国・日本が大国・ロシアを打ち破ったことに、中国革命の父・孫文、インドの独立運動家・ネルー、イランの詩人・シーラジー、エジプトの民族運動指導者・ムスタファカミルらが感銘の檄文を発表し、世界中の抑圧された民族が心打たれたという逸話も、扶桑社の教科書にのみ登場する。
大阪書籍は、数少ない頁を文化史に費やしており、まるで幸徳秋水や与謝野晶子といった非戦論者の活動が国難を退けたのだと言わん勢いである。大阪書籍の教科書には、南樺太や北方四島が我が国固有の領土である根拠も記載されてない。伊能忠敬は、ただ単なる地図作りの名人として紹介され、日露戦争やその後の講和条約についても、経緯や背景を抜きに「ポーツマス条約」や「三国干渉」といった歴史用語が紹介されるにとどまっている。
日本が、太平洋戦争の開戦に至るまで、この戦争を回避するために続けた数多くの努力も、大阪書籍の教科書では「無かったこと」になっている。先頃、陛下の日経の「談話メモ」騒動で話題になった松岡洋右は、大阪書籍の教科書では、政府の指示を無視して独断で国際連盟を脱退した人物ということになっている。その国際連盟の会合の議題が何であったのかすら触れることなく、四方を海に囲まれた日本は海軍力が自衛の生命線であり、列強が軍拡を進めているのにもかかわらず、日本にのみ軍縮を求める「国際世論」が展開され、制裁と称した貿易封鎖で石油も石炭も羊毛もない日本は追いつめられていったことなど、お構いなし。あたかも日本が世界からの平和的な提案を拒絶して独善的に戦争の道へ突っ走ったと書き立てるのである。この教科書を読んでいると、まるで朝日新聞を読んでいるような不思議な感覚にさえ陥る。
扶桑社の教科書では「戦争と現代を考える」という2頁切り抜きのコラムで「戦争の悲劇」と「国際協調の精神」を十分に理解させた上で、「GHQは、新聞、雑誌、ラジオ、映画を通して、日本の戦争がいかに不当なものであったかを宣伝した。こうした宣伝は、東京裁判とならんで、日本人の罪悪感をつちかい、戦後日本人の歴史の見方に影響を与えている」と記述し、日本国憲法の草案はGHQが作ったことや、東京裁判においてパール判事が提出した「被告全員無罪」とする意見書のことが紹介されている。
大阪書籍では「戦争被害」について触れているが、主語がアメリカでも連合国でもなく、まるで日本が自爆したかのような印象を受ける。「被害」の説明が苦しくなると「加害」の方向に逃げるきらいがあり、この場合の主語は明快に「日本」となっている。この本だけを読んでいると、「日本がなぜ戦争をしなければならなかったのか?」まったく分からなくなりそうだが、そこは「一部の軍国主義者」という単語で茶を濁すのだ。
なお、大阪書籍の教科書にだけ不備があるわけでも、また、扶桑社の教科書のみが特に詳細であるわけでもない。たとえば、九州へ攻め入った元の兵の多くが、先に元の侵攻を受けた朝鮮半島の人間だったという事実は、どちらの教科書にも掲載されていない。高校の世界史の教科書には、元の軍隊が「朝鮮半島で組織・訓練されたもの」とする記述が見られるが、日本史の教科書には相変わらず登場しない。同じ高校に通っていても、履修科目が違うと歴史上の事実を知らないまま卒業することになる。教科書に載らないことは試験に出ない。大学で歴史でも専攻しない限り、どこかで偶然知るその日まで、この事実を知らないまま生きなければならないのである。
歴史というものは、歴史的事実と時系列で体系的に並べた一つの物語である。積み重ねの中に答えのあるものである。
ところが、大阪書籍の教科書は、この順序を意図的に誤り、歴史を結論ありきで記述したものなのである。教科書の中で物語が完結しており、読み手に「なぜ」と思うところを与えないようにできているのだ。歴史教育がつまるところ記憶力勝負になっている弊害でもあるが、そこに、胡散臭さがある。「神話」を巡る真贋の論争や、「自虐」と「自慰」の史観の論争なんて二の次の問題である。
日本は軍国主義の国で、民主主義はなく、一部の指導者が私利私欲のために戦争をして、回りの国に迷惑を掛けた。戦争をしなければ空襲も原爆もなかった。日本は悪い国なんだ。戦争に負けるのは当たり前なんだ。
大阪書籍の教科書は、そう結論づけたいために、何千年、何百年、大昔の歴史と齟齬をきたす場面をところどころ恣意的に書き換えなければならなかったという印象がどうしても拭いきれない。どこの国の教科書なのか分からない、イカサマで、インチキで、デタラメな、三拍子揃った「売国図書」は、こうして完成したに違いない。
教育とは、歴史教育とは、いちいち本屋さんが答えまで誘導してあげるものではない。発行元の都合に合わせて一方の意見のみを汲み上げたりする必要はない。各論あるなら併記すればよいだけである。学生は、自分の頭で考え、自分で噛み砕き、自分で理解することができるのだ。教科書とは、その助けになる本を指していうのだ。そんな教科書が、我が国には殆どない。
「我が国」のなんたるかを知らずに育った人間は、やがて「我が国」を愛する術が分からない人間になる。実際、戦後60年の日本は、パフォーマンスの愛国心ばかりが先行する、空虚な国家に至りつつある。「我が国」にとってこれ以上の不幸はない。













コメント
日本の歴史教科書ならば、豊臣秀吉の朝鮮出兵で、朝鮮へ援軍としてきた10万を越える明軍を鉄砲隊で撃破した島津義弘の武勇を教科書に載せるべきと思うのですがねぇ。本当は李舜臣より載せることだろうと思うのです。
あと、秀吉軍が朝鮮における奴隷階級の人々を解放して大歓迎されたのですが、そのこともまず教科書で知ることはできませんしね。
李舜臣の活躍で日本軍は補給路を断たれたのは事実ですし、そのことも記載するのは構わないのですが、本来は秀吉軍の活躍を真っ先に載せなければならんのですよね
投稿者: ななし | 2006年8月19日 01:21
私の場合、高校では入学時に世界史か日本史のどちらか一方を選択するということになっていました。私は、ここで世界史を選択しました。
大学でも一般教養として歴史系の科目を履修しましたが、ここでも予備知識のある世界史系の方が単位が取りやすいということで、西洋の哲学とか経済の歴史しか履修していません。
今にして思うと、私が、日本の歴史をマジメに勉強できる時間は、小中学校の約2年間だけだったということになります。
中国の皇帝の名前や、ローマの英雄の名前はいやというほど知っていても、日本の戦国大名の名前は小中学校の教科書に載っていた名前くらいしか殆ど知らないんです。島津さんという方についても、名前は知っていても何をやっていたどんな人なのか知らないんです。
小中学生に「どこまで教えるか」という線引きは非常に難しいところだと思いますけど、そこでしか学ぶ機会がないことでもあるのですから、よいことも悪いことも、見方の分かれるところは両論併記でも構わないから、ちゃんとした「歴史教育」が実践されて欲しいものです。
小中学校で間違ったことを教えてしまうと、個人的に興味を持って学ぼうとしない限り、間違ったことをそのまま鵜呑みにして大人になってしまいます。
日本の歴史について学ぶ機会がほとんどないまま、大学を出てしまえる教育のシステムがおかしいということもできると思います。
投稿者: なにわっち | 2006年8月20日 01:15