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忘れてしまいたいものは忘れることができないもの

本題の前にまず何より…

北海道日本ハムファイターズ
優勝おめでとうございます!

一昨年の夏、あの騒動の真っ直中、私は札幌ドームの日本ハム×近鉄戦を観に行きました。スタンドはガラガラでした。人様の心配をしている場合ではないと分かりつつも、「こんなんで大丈夫なんかな」と思ったものです。

あれから2年、9月の札幌ドームは連日満員、地道な努力は実を結びました。先日、新聞に、球団の営業担当の方のエピソードが載っていました。「お客が増えても満足しない」。球場に来てもらうだけなら何なりとできます。しかし、お客さんを球場に繋ぎ止めることは決して容易ではありません。ファンサービスとは、一度来場したお客さんが再び球場を訪れ、リピーターとなってくれるまで続けなければなりません。日ハム球団は、札幌移転後、当たり前のことを地道に続けてきたのです。職員の方は、「後楽園、東京ドーム時代に舐めつくした苦渋辛酸から得た教訓」だと言います。

当たり前のことがなかなかまかり通らないプロ野球界。当たり前のことができている球団が他に幾つあるでしょうか。プロ野球界に求められる「改革」とは、何も奇抜なアイデアに走ることではありません。当たり前のことが当たり前に出来ているのか、地に足を付けた検証から始めることが、まず誰にでもできる「努力」なのです。


ということで、明るい話題のあとに暗い話題を続けるのはちとばかしアレなんですが、今日は近鉄バファローズが最後のパリーグ公式戦を戦った日です。

2年目のこの日にあたって、「忘れる」ということについて書きたいと思います。

先月、お盆に昔の友達とカラオケに行く機会がありました。最初のうちは嫁さん同志で盛り上がっていたカラオケ大会でしたが、中盤になって女どもが疲れ切ると、いよいよ野郎どもの出番。ロックあり、ポップスあり、バラードあり、演歌あり、ついには定番のアニメソング特集がはじまりました。そして最後は、なぜか野球の応援歌で〆ることになりました。

こういうとき、近鉄ファンは鬱です。「絶対に入ってないだろう」と、本をめくるのも気が進みません。ところがどっこい、入っているところには入っているもんなんですね、『近鉄バファローズの歌』。友達が見つけてくれまして、早速予約してくれました。

かつて、私が子どもだった頃、藤井寺球場は音響の設備も大したことがない上、騒音問題でボリュームの絞りまくっていたので、球団歌が流れてもベースの“ズンズンズンズン♪ズンズンズンズン♪”しか聞こえてこず、近鉄の球団歌はメロディーのない歌なんだと思い込んでいた時期もあったりするわけですが、本当はちゃんとした歌です。

ほんとう久方ぶりに歌う「飛ぶ雲、飛ぶ声、飛ぶボール~~♪」。1番は歌詞を見ずに歌えました。ところが2番は、歌詞を見なければ歌えなかったのです。詞を完全に忘れちゃってるんですね。大好きだった球団の歌を、モニターを読み上げながら歌い上げる。周りの人は何とも思っちゃいないんでしょうけど、当の本人は結構傷つくものです。

人間にとって「忘れる」ことは、生きていく上でなくてはならない機能です。忘れることができなければ、悩みや苦しみから解放されることができません。人間は一度の睡眠ごとに、脳内の記憶の約半分を自動的に消去しているそうです。それでも日常生活に支障が生じないのは、脳が起きている時間に、忘れてはいけないことと忘れてもよいことを分類してくれているからです。

この記憶の分類というのが厄介で、「忘れよう」という意志を持った段階で、脳はそれを「重要な記憶」と分類するので、脳に何らかの異常がない限り、意識的に物事を忘れるということはできません。「都合の悪いことだけ忘れる」という人がたまにいますが、そんな便利な機能は脳にはありません。都合の悪いことから逃げている人というのは、忘れているのではなく、嘘をついているだけです。

「忘れる」ということは、仕方のないことです。日々の生活には「覚えておこう」とする事柄が多すぎます。ハードディスクの記録内容の半分が毎晩失われていくとしたら、不要なファイルを優先的に消去するだけでは間にあいません。まして、人間の脳味噌にはバックアップがありません。せいぜい手帳や付箋紙にメモをして残す程度です。

ただ、都合の悪いことから目を反らし、忘れたふりをして生きていく人間にはなりたくないものです。綺麗事を並べるのもいいんですが、まず正直でないと、何の説得力もありません。人間、枝葉末節を忘れることがあっても、肝心要のところは絶対に忘れることができないのです。2年前、何を考え、どう行動しましたか。自分に嘘付いている恥ずかしい人、事実をねじ曲げてデタラメを美化しようと暗躍してる人、少なくないと思いますよ。


【おまけ】 『近鉄バファローズの歌』のカラオケFLASHを作ってみた(即席で作ったので、同期とかおもくそ中途半端、しかも低スペックのパソコンだと動かないかも…)。思い出したときに挑戦して、脳味噌を活性化させてみよう。

きゅーてんにーろく・近鉄優勝記念日

忘れていないよ。

9月26日は、北川の「代打逆転サヨナラ満塁“優勝”ホームラン」が飛びだした日。たしか10時前、ちょうどこの時間だった。その瞬間、大阪ドームが揺れた。

あれから5年。バファローズは、もうこの世にない。あの一発が最後の優勝になった。どうあがいても、バファローズが優勝することは二度と無い。

あの満塁弾に揺れた大阪ドームの情景が頭に浮かぶたび、球団を1つ潰すということが、人々からどれだけの幸せを奪い取る愚かな行為なのか、切々と痛感する。

「勝って勝って勝ちまくった日より、負けて地団駄を踏んだ日が懐かしい」。バファローズの大阪での最後の試合が終わったあと、私は手帳にそう書き記した。万年Bクラス、ポンコツ選手ばっかりの弱小球団でもいいから、私が応援していたチームを返してほしい。

ささやかな幸せを奪い取るだけ奪い取り、そして誰も幸せにならない。それが球団合併というものだ。近鉄バファローズは、今では「悪しき例」として引用されるだけの存在になっちまった。「近鉄の悲劇を繰り返すな」という口先だけの空虚な響きが不愉快でたまらない。

独善と私欲のためにバファローズを潰し、ファンが数年に一度のささやかな楽しみにしていた「勝利の美酒」を叩き割ったあいつらが死にやがったら、その墓石に俺の腎臓で濾過したビールをかけてやる。

バファローズはなぜ死んだのか。バファローズを殺した奴らと、それに手を貸した奴らを、一生許さない。

 

正直、明日9月27日が、バファローズファンだった者にとって、とてもイヤ~な日なので、今日は日曜日の夕方のような、なかなかテンションの高まりを感じられない記念日だ。

鈴鹿サーキット、2007年のF1開催を断念

鈴鹿サーキットは、現在F1が開催されている世界各地のサーキットの中で、「日本人だから」という贔屓目を抜きにしても、ベルギーのスパ=フランコルシャンと並ぶ「最も面白いコース」の1つです。F1ドライバーに「好きなサーキットは?」とアンケートを採ると、「鈴鹿」を挙げないドライバーの方が少ないのです。

鈴鹿サーキットは、なにしろ古いコースですから、いかにも“今風”なところはありません。人為的に設計されたコースではなく、自然の地形に合わせたコースです。坂がありますし、雨が降れば窪地に水が流れて川や池ができます。山沿いを縫っているので、コーナーのアウト側のエスケープゾーンは、それほど広くありません。

近頃のF1サーキットはといえば、コース幅が何十メートルもあって、高速コーナーのアウト側がターマック舗装されているので、ミスやトラブルでラインを外れたマシンが平気な顔をしてレースに戻ってきます。イスタンブールのターン8なんかがいい例です。鈴鹿にはそれがありません。130Rで脱線したら、そこでレースは終わりです。オールドサーキットでは、ミスをした者が負けるというスポーツとして至極真当な光景が見られます。

昨年、130Rでフェルナンド・アロンソがミハエル・シューマッハをオーバーテイクする場面がありました。あれがもし、何のリスクもない、ただ高速で回るだけのコーナーでの出来事だったら、とりたてて特筆するようなシーンではなかったと思います。飛び出せば2人とも無事では済まない場所・場面で、ギリギリの戦いを何事もなかったようにやってのけるから、F1ドライバーはカッコいいのです。チャンピオンにしかバトルできない舞台だから、鈴鹿は面白いのです。

たしかに、こういった古いサーキットは、コース幅が狭くてオーバーテイクが難しいという人や、エスケープゾーンが狭く危険だという人は決して少なくありません。50年近く前の基準で設計されたサーキットを、ありえないほどに進化した現代のF1マシンが全開走行するのは、非常に危険が伴います。鈴鹿の130Rでも、数年前にガードレールを突き破ってコース外にマシンが転がっていくという危険な事故がありました。

しかし、ドライバーの能力の優劣がはっきりと見られるのは、こういったコースなのです。ミスをしてもリタイヤしない、少しくらいブツけても怪我をしない、そんなF1に何の魅力があるでしょうか。そんなF1ドライバーを誰が尊敬するでしょうか。その他大勢には逆立ちしても不可能なことを、平気な顔でやってのけるクレージーな人たちがいるから、F1はスゴいのです。

世界屈指の高速サーキットだった富士スピードウェイは、ヘルマン・ティルケ氏の手によって“今風”なコースに生まれ変わりました。レイアウトを眺めれば以前の面影こそ残っているものの、実際のところは完全に違うサーキットになりました。

フォーミュラニッポンなどの国内レースを見ていても、実に退屈です。広々としていますが、自然ではなく人工的なので殺風景です。バトルが増えたそうですが、レベルの低いドライバーが無茶をしても怪我をしなくなっただけのことです。むしろ、かつてのように、最終コーナーで空力を失わない程度に差を詰め、メインストレートの終わりのブレーキングに賭ける、トップドライバー同士の息を呑む攻防の記憶が残らなくなりました。

「最近のF1は面白くない」というのも、多分に「どこも同じようなサーキットばかり」になってしまったことと無縁ではないのではないでしょうか。エストリルとバルセロナ、コースレイアウトも平均速度もそう変わらないのに、狭いエストリルを走るF1マシンはリスキーに見えるものです。上海の180度バンクとメキシコのペラルタダ、これも同じようなコーナーなんですが、バンプで飛び跳ねて火花散らしながら回るペラルタダの方が、ドライバーにも挑戦のし甲斐があり、ファンが受ける迫力も上です。

人為的に混戦を作ることは簡単なのです。問題は、スポーツが人為的である必要はどこにもないということです。名勝負の何倍もの凡戦があるから、1つの名勝負が際立つのです。オールドサーキットのレースが面白いのは、自然あるいはあらゆる制約の中に立地したサーキットであるという点において人為的要素が1つ削られているからなのです。

鈴鹿サーキット、来年のF1開催を断念

F1日本グランプリ1987-2005~思い出は鈴鹿とともに 三重県鈴鹿市にある鈴鹿サーキットを管理運営するモビリティランド(同市)は20日、これまで同サーキットで開いていた自動車F1日本グランプリ(GP)の来年の開催を断念した、と発表した。

 来年の日本GPは静岡県小山町にある富士スピードウェイで開かれることが決まっていたが、鈴鹿側は「決定は暫定的なもの」として、国際自動車連盟(FIA)側に1国2開催での継続開催を求めていた。その後も交渉を続けてきたが、合意に至らなかった。

 モビリティランドは「2008年度以降、再び開催できるよう話し合いを続けたい」としている。

鈴鹿と富士、この2つのサーキットには、トヨタとホンダのモータースポーツに対するフィロソフィーやポリシーの違いが露骨に出ているように感じます。

自分の作ったレーシングマシンを走らせる場所がないから自分たちでサーキットを作ってしまったホンダ。本田宗一郎さんは「田畑は百姓の宝」といい、農地をできるだけ削らないで済む鈴鹿を選びました。F1グランプリを誘致して20年、日本のF1は鈴鹿を拠点に盛り上がり、3日間で30万人以上を動員するという世界最大規模のグランプリに育て上げました。「F1」や「モータースポーツ」に対する認知度は飛躍的に向上しました。大体、来年のF1開催地がどこになるかなんて記事が新聞、それも一般紙に載るということ自体、20年前の日本ではありえないことだったのです。種を蒔くところから全て自分でやらないと気が済まないところが、さすがホンダです。

トヨタが富士にF1を引っ張るために投下した金額は、一説には200億円以上。地権者が何人もいた富士スピードウェイを買い取って、コースを改修し、F1誘致のためのインフラ整備にも投資してますから、もっと使っていても不思議ではありません。トヨタは、ホンダと鈴鹿サーキットが作り上げた基盤を丸ごと買い取ることに成功しました。F1以外のカテゴリーでも、トヨタはいつでもこうです。ある意味、トヨタらしく筋の通ったやり方です。クルマの競走ではトヨタなんて屁でもないところですが、銭金の積み上げ競争でトヨタに勝てる企業なんてこの世に存在しません。さすがトヨタ、世界の巨人、よかったですね、はいはい。

「買う」ことが悪いことだとは言いません。しょせん、F1なんてカネが全ての世界ですから。しかし、「作る」ということも評価されなければならないと思います。F1がいつかまた鈴鹿に帰ってくるかもしれませんし、もう帰ってこないかもしれませんが、ホンダと鈴鹿の功績、そしてなぜF1が鈴鹿から富士へ移されることになったのか、日本のモータースポーツ史にしかと書きとどめておくべきだと思います。

私は富士には行きません。強制収容所行きを思わせるバスに詰め込まれて、どうせゲートで配られたトヨタの小旗かなんかを無理矢理振らされて、テレビでは「トヨタファン盛り上がってます」とか言われるのがオチでしょう。実際のところはその旗の下をホンダやスーパーアグリのファンで埋め尽くされているであろう富士スピードウェイをテレビで見た方が面白そうです。

チケット代、交通費、宿泊費、その他諸々家族3人でたった3日のために20万円は下らない金を使うのです。生のF1を見るなら、ホンモノのF1が見られる海外に行った方がマシです。そう毎年毎年は無理かもしれませんが、富士で見るよりは絶対マシです。いや、いっそのこと、ジャックを追いかけてNASCARでも観に行った方が楽しいんじゃないでしょうか。

これはもうだめかもしれんね…

2週間前から、左手の小指が慢性的に痺れている。小指と薬指に殆ど力が入らない。手をパーにした状態で、5本の指がくっつかない。痛みは全くないが、小指の第一間接の先が、とんでもなく知覚過敏になっているようで、アゴヒゲを撫でるだけで剣山に体重を掛けたような刺激痛を感じる。

寝相が悪く、無意識に腕を枕にしてしまって、寝起きに手が痺れることがよくあった。今回もそれが原因だろうとタカをくくって、サロンパスを貼ったりしているのだが、一向に改善しない。

初期は痺れがあるものの手にある程度の力が入る状態だったので、お茶碗を持ったり、パソコンのキーボードを叩いたりすることに何の問題もなかったのだが、2~3日前からはそうもいかない。子どもを抱っこしてお風呂にはいることもできない。右手の感覚は普通なのだが、クルマのハンドルを回すときに片手の感覚が不自然なので妙な違和感を感じる。

病院行った方がいいのかな…。整形外科には昔、えらいめに遭わされたトラウマがあるので、できれば行きたくないんだけど…。

吉永正人調教師(元騎手)が死去

シンボリルドルフよりミスターシービーが好きだった。

苦労人・吉永正人、クセ馬に教えた後方待機、しかし前には馬群の壁、淀の下り掟破りの早仕掛け、ミスターシービーの三冠街道は高く険しいものだった。1年後、名手・岡部幸雄のシンボリルドルフが現れ、危なげなく完璧なレース運びで三冠馬になった。

シンボリルドルフとミスターシービー、奇しくも同じ世代に出現した二頭の三冠馬。直接対決はルドルフが圧勝、シービーは一度も先着することができなかった。種馬になっても、いきなりトウカイテイオーという後継馬を出したルドルフに対して、シービーはついにこれといった後継馬を出さないまま終わった。

でも、私はミスターシービーが好きだ。あの年、一番強かったのはこの馬なのだ。ミスターシービーも三冠馬なのだ。

ミスターシービーの主戦騎手、吉永正人調教師が死去

 11日午前0時51分、83年のクラシック三冠馬ミスターシービーの主戦騎手で、現調教師の吉永正人氏が、胃ガンのため亡くなった。64歳だった。通夜は13日午後6時から、茨城県稲敷郡美浦村大字美駒2500-2、美浦トレーニングセンター厚生会館本館で、告別式は14日正午から同所で行われる。

 同調教師は1961年に松山吉三郎厩舎からデビュー。モンテプリンスで82年天皇賞・春、宝塚記念を制すると、83年にはミスターシービーを史上3頭目となるクラシック三冠馬に導く。84年にモンテファストで天皇賞・春、ミスターシービーで天皇賞・秋(共にGI)で天皇賞・春秋連覇を達成するなど通算2753戦461勝(重賞37勝)の成績を残し、86年に騎手を引退。松山吉三郎厩舎の調教助手を経て、89年に調教師免許を取得。98年中山大障害・秋を制したビクトリーアップなどを管理し、通算3586戦199勝(重賞1勝)という成績を残した。長男はJRAの吉永護騎手(32、美浦・フリー)。

 なお、今年のひまわり賞(2歳OP)を制したコウセイカズコをはじめとした同厩舎所属馬35頭は、12日付で美浦・松山康久厩舎に転厩する。

1年前の今ごろは、銅像を建てるわ、気球を飛ばすわ、CMを打つわ、ディープインパクトを持ち上げまくったJRA。ところが1年後、同じく春の二冠を完勝して秋を迎えたメイショウサムソンに、そんなもてなしは1つもない。むしろ「ディープフィーバーに水を差すな」と邪険に扱われているような気さえする。

リーディングブリーダーに生産され、リーディングオーナーに購買され、リーディングトレーナーに調教され、リーディングジョッキーが騎乗するディープインパクト。個人経営の牧場に産まれ、経歴は長く持ち馬の数も多いがなかなか大レースに縁のない馬主に買われ、もうすぐ定年を迎える調教師が引き取り、デビューから20年間GⅠレースに一度も勝ったことのないベテラン騎手が跨るメイショウサムソン。

寺山修司がいうように「人生が競馬の比喩」だとするなら、私はミスターシービーやメイショウサムソンの方に共感を覚える。ハイセイコーやオグリキャップやメイセイオペラやコスモバルクが人気を集めるのは、彼らの出自が決して貴族階級ではなく、労働者階級のルサンチマンを投影できる存在だったからなのだ。

私には、ディープインパクトに共感するところは1つもない。あらかじめ敷かれたレールの上を走るだけのエリートなんて、全く面白くない存在だ。大体、今の日本で、あの馬に共感できるくらい贅沢の高みにいる人間は、1億数千万人のうちほんの数%だろう。ディープインパクトなんか大嫌いだ。凱旋門賞でコテンパンに負けやがれ。

速い馬に上手い騎手が跨って強い競馬をする。それも競馬だ。しかし、競馬はそれだけじゃない。競馬は色んな馬がいるから面白い。色んな騎手がいるから面白い。ミスターシービーと吉永正人のコンビは、それを教えてくれた。

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