Good-bye Schumi - いなくなってはじめて分かる存在感

F1最終戦、ブラジルGP。優勝、フェリペ・マッサ。2位、フェルナンド・アロンソ。3位、ジェンソン・バトン。わずかにドライバーズチャンピオンシップ逆転の可能性があったミハエル・シューマッハは4位に終わり、アロンソが2年連続のワールドチャンピオンになった。

普段のグランプリなら、このように簡潔に記憶されるに止まる。5年前、2001年の最終戦の詳細を記憶している人がいないように、このレースも何年かするとレースの詳細を思い出すのに一苦労するようになるところである。ところが、このグランプリの記憶は、その他大勢のグランプリと違い、多くの人の脳裏にいつまでもくっきりと居座り続けるだろう。なぜなら、このグランプリは、長い長いF1の歴史の中において、1つの時代が終わり、また1つの時代がはじまる、正にその“しおり”にあたるグランプリだったからである。

この最終戦が現役最後のレースになるミハエル・シューマッハは、燃料ポンプが壊れて予選10位に終わる。決勝スタート直後、あっという間に何台かをパスして追撃モードに入ったが、今度はタイヤバースト。首位から70秒近く遅れた最後尾に落ちた。「最後は攻めるレースで締めくくりたい」、そう語っていたシューマッハ。ここから怒濤の追い上げが始まる。

アクシデント後、ほぼフルタンク状態から周回数を伸ばす作戦に切り替えたが、タイヤを上手に使ったドライブのおかげでラップタイムが落ちない。1人だけ別次元のスピードで飛ばし、気が付けばポイント圏内。フィジケラを蹴落とし、ライコネンに襲いかかり、表彰台手前まで迫ったところでチェッカーフラッグ。

個人的なことをいえば、最後はブッチぎりの優勝、アロンソに何か起きて逆転王座ならさらによし、そういうシチュエーションを望んでいたし、シューマッハも自身も口先とは裏腹にうっすらと目論んでいたはずだが、筋書き通りにいかないのがレースというもの。

この週末、インテルラゴスで最速を誇ったのはミハエル・シューマッハだ。しかし、シューマッハのレースリザルトは4位。ここに、レースの難しさ、レースの面白さがある。速いだけでは勝てない。運が良いだけでも勝てない。これがレースだ。偉大なチャンピオンの最後のレースとしては、結果論かもしれないが、この「激しくレースをした」フィナーレで良かったと思う。

もう何回目、いや何十回目になるのか数えようもない、「シューマッハって凄いな」という余韻が残って終わるグランプリ。とにかくミハエル・シューマッハという男は、勝負へのこだわりは人一倍のものがある。プレッシャーのかかる場面でも、そのシチュエーションを楽しむ。ドライビングの技量も一番だったが、それ以前に根っから競走することが大好きな人間だった。時としてそれが一線を越えて物議を醸すこともあったが、レースの世界はその執念なくして頂点に立つことができない世界だ。

シューマッハが走ったこの時代を目の当たりにできたことを幸せに思う。期せずして裏声が出てしまったり、鳥肌が立ってしまったり、拳を握って気合を入れてしまったり、様々な興奮を提供してくれたことに、ただただ感謝したい。もちろん、シューマッハはまだまだやれる。だが、辞めることができるうちに惜しまれつつ辞めていくことがどれほど素晴らしいことか…。以前にも書いたことだが、「辞める」といって辞めることのできる人間が少ないF1界を、五体満足に「辞める」といって辞めることができたことを祝福したい。

さて、もとい世代交代、表彰台の3人はいずれも1980年代生まれ。ラウダ、アンドレッティ、ペテルソン、ヴィルヌーヴらが覇を競った蛮勇の時代、彼らはまだこの世に生を受けていない。グリッドに並んだ22人の半数以上が21世紀になってからデビューしたドライバー。1980年代から通しで活躍しているドライバーとなると、91年デビューのミハエル・シューマッハ、93年デビューのルーベンス・バリチェロ、94年デビューのデイビッド・クルサードの3人しかいない。顔ぶれは毎年少しづつ変わっていくのでなかなか実感できないが、5年あるいは10年分をまとめて振り返ると「世代交代」という言葉を如実に感じることができる。

優勝91回、ポールポジション68回、ファステストラップ76回、そしてワールドチャンピオン7回。ミハエル・シューマッハは、F1界の先達が作ってきた記録という記録の数々を次々と更新した。「誰も破ることができないだろう」といわれた記録さえあっさりクリアした。取りこぼした記録といえば出走回数とモナコGP優勝回数くらいのもので、連続ワールドチャンピオンや年間勝利数の記録も彼のものである。そして今、この世界を知る全ての人々が、去りゆく“帝王”の背中に「今度こそ誰も破れないだろう」という表現を用いて最大限の賛辞を贈る。

ミハエル・シューマッハが走った15年間。シューマッハが52勝目を挙げたとき、プロストの凄さを知った。シューマッハが6回目のワールドチャンピオンになったとき、ファンジオの凄さを知った。シューマッハが66回目のポールポジションを獲ったとき、セナの凄さを知った。シューマッハの打ち立てた記録が破られるとき、シューマッハを知らない次の世代の人間がシューマッハの凄さを知る。

昨年、F1史上最年少でワールドチャンピオンになったアロンソは、シューマッハが初めて戴冠した25歳にして、早くも2度目の戴冠を成し遂げた。ミハエル・シューマッハの打ち立てた金字塔はあまりに高く、そう易々とてっぺんの見えないものではあるが、シューマッハの次の世代を生きるドライバーは、既にシューマッハを上回る勢いでシューマッハを追いかけている。

「記録は破られるためにある」と言ったのはカール・ルイス。破られない記録には値打ちがない。きっといつか誰か、このシューマッハの記録を破る奴が出てくるのだと信じたい。それを目撃することが、次の楽しみだ。

最後に、ミハエル・シューマッハが打ち立てた記録のうち、意外と知られていないものを1つ挙げておく。フェラーリ在籍11年間で187戦に出走。これは次点のゲルハルト・ベルガーの6年・97戦を大きく上回る。

ミハエル・シューマッハがマラネロにやってくると決まった1995年の秋、その決定を快く思わないティフォッシはたくさんいた。私もその1人だった。

当時、フェラーリはドン底。シューマッハのフェラーリでの最初の仕事は、徹底した“ダメ出し”だった。劣ったマシンでも、シューマッハは極限まで攻める。傍目には危険に映る仕事も、危機回避能力の高いシューマッハだからこそ可能になる。1996年、雨のスペイングランプリ、「寒くてステアリングを握るのが大変だった」というレース、道具は明らかに劣った状況にもかかわらず、抜群の集中力で勝利を掴む。そして、フェラーリドライバーとして初めて迎える聖地モンツァの一戦で、シューマッハは完勝する。

ファクトリーが頑張れば、必ず現場のドライバーが応えてくれる。この信頼関係が、フェラーリを再び頂点に押し上げていった。ドライバーは1人でレースをすることができない。人を動かす、人をその気にさせる、ミハエル・シューマッハは近代F1の「団体戦」の要素をいち早く察知し、フェラーリはそれをモノにすることで黄金時代を迎えることができた。「特別待遇」と誤解されることも多いが、彼はその環境を第三者に与えられたのではなく、その環境を自分で作っていたのである。

シューマッハは、プロセスとリザルトの両面において、頑固なティフォッシを実力でねじ伏せた。彼のF1ドライバーとしての評価もさることながら、史上最強のフェラーリドライバーであるということも覚えておきたい。

シューマッハのいないF1にはすぐ馴染めると思う。だが、シューマッハのいないフェラーリには馴染めるかどうかは分からない。新たにマラネロの門を叩くキミ・ライコネン、そのスピードとテクニックはシューマッハと比しても何ら遜色ない。しかし、フェラーリドライバーはそれだけでは務まらない。

世代交代は加速するだろう。けれども、「いなくなってはじめて分かる存在感」とでもいえばいいのだろうか、おいそれとすぐには置き換えの効かないものがあるはずで、私はそれを来年のF1の見所にするつもりだ。

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