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交流の促進を阻む障壁「1競走・2賞金体系」

1つの競走に、2つの賞金体系が存在する。このことは中央競馬のファンはもちろん、地方競馬のファンでも知らない人が結構多い。

今日、園田競馬場で行われる指定交流競走 逆瀬川特別 を例に挙げてみる。園田名物の1870メートルで争われる交流戦は年に一度のこと。これを楽しみにしているファンも少なくはない。しかし、出走馬は7頭、うちJRA所属馬が6頭、地元からただ一騎の出陣となるマイネルラプタスもついこの前まで中央で走っていた馬で、こちらに来てからC3の平場を1勝しただけという有り様である。さらにいえば、小牧太も岩田康誠も赤木高太郎も来ない。

この競走の1着賞金は150万円である。ただし、これは園田の馬が勝った場合の賞金額。JRAの馬が勝った場合には、150万円に加えて、JRAの定める賞金額(JRAの500万条件の賞金額)との差額が、JRAから補助される。出走手当や騎乗手当、競走中に事故が起きた場合の見舞金などなど、これらもJRA勢には別途支給される。

競馬場が供出する賞金額は競走を施行する競馬場の財政事情によって異なる。園田のJRAの古馬500万クラスとの交流競走の1着賞金150万円。南関東4場は同条件の1着賞金が400万円。賞金が最も安いのは笠松で、同条件の競走は1着賞金が40万円にも満たないため、1着賞金の10倍以上もの額がJRAから補助されている。ちなみに、この150万、400万、40万といった額も、その満額を地方競馬場が負担するのではなく、一部をJRAが折半して供出している。

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もしもあなたが馬主なら、この交流競走に勝てそうな馬を持っていたなら、地方所属のまま勝ってしまうと大損であることに気が付くはずだ。

同じ勝つにしても、もらえる賞金の額が何倍も違うのなら、地方在厩のまま勝つよりは中央に一旦転出させてから勝たせた方が絶対にお得なのである。いかに私のような「打倒JRA!」を掲げている無謀かつ酔狂な地方馬主でも、「賞金が何倍も違いまっせ」となれば、(不幸にも今のところそんな馬には巡り会っていないが)勝利の名誉なんかかなぐり捨てて、中央の馬主資格を持つ馬主に売り込みをかける。最近は、この制度を逆手に取った競走馬流通の手段も多く、「500万以上稼げる馬」なら買い手が見つかる可能性は非常に高い。

500万円という額を園田で稼ぐには、重賞レースをいくつも勝たなければならない。条件レースで稼ぐとなれば、さらに困難を極める。稼ぐ前に馬がくたばる可能性の方が高い。地方在厩のまま勝てば本賞金の上積みもそれ相応に低くなるので、勝ったあとも何度も交流競走に使えるというメリットがないわけではないが、JRAから来る馬のレベルは常に一定ではないし、そういつまでも馬が元気であるという保障もどこにもない。

賞金の捻れは1着賞金のみならない。仮に地方馬が1着に入ったとしても、中央馬が2位や3位に入ると、勝った馬より負けた馬の方が手取りの賞金額は多かったなどという逆転現象が生じることになる。「交流」とは掛け声だおれもいいところ、こんな賞金制度では、本気で勝ちに行く地元馬なんて滅多に現れっこない。

騎手にしても、1着で入線した騎手より掲示板の下の方に載せた騎手の方が実入りが大きいとなれば、中央からの騎乗依頼も舞い込んでくる地元の有力騎手がこぞって中央馬に乗りたがるのは無理もない。彼らにとってレースは身体を張った仕事なのだ。こんなところでも「地方VS中央」の図式など絵空事、騎手にとっての指定交流は「いかに中央の関係者に技術をアピールできるか」という場と化している。

地方で行われる500万条件の交流競走は、本場所の500万条件戦より間違いなくレースのレベルは低い。前述の事情により地方馬が本気にならないため、本場所で勝負にならない最底辺の中央馬でも、フルゲートの少ない競馬場に行き、滅多に稼げない高額賞金を狙う地元騎手を乗せれば、確実に入着が狙える。

こんなやり方では、地方馬のモチベーションを大いに損ねていることのみならず、中央馬にしてもどこまで本腰入れて挑戦してきているのかはかりかねる。中央の視点に立てば補助金の無駄遣い、地方の視点に立てば単なる馬場貸し。ファンにとっては何を見所にすればいいのか分かりにくく、非常に退屈なレースである。「交流」の掛け声だけが虚しく響いている。

古馬の500万(南関東・岩手・荒尾では1000万も実施)と並行して行われている中央3歳未勝利と地方3歳未認定の交流競走も、同じように1つの競走に2つの賞金体系で施行されている。ただし、3歳戦の場合は、「認定」の制度があるため、地方在籍のまま勝つことによるデメリットが無い。

認定制度とは、認定資格を持った馬が地方から中央へ転厩する際に、各調教師に割り振られた規定数の馬房とは別の「認定馬房」に入厩できる制度である。認定資格は3歳いっぱい有効であり、2歳時に行われる認定競走(認定新馬戦など)に勝ちそびれた馬は、地方競馬場の指定交流競走に勝つことで認定を受けられる。

認定を持っている馬は、中央へ優先的に転厩できることになり、中央の馬主に買い手が見つかった際にはちょっとしたプレミアを付けることができる。また、認定の資格を持っている馬は、地方競馬に在籍したまま中央競馬の特指競走に出走することができる。売るもよし、走らせるもよし、地方で馬を持つなら、賞金の前に取りたいのがこの「認定」の資格である。

3歳馬は、むしろ地方在籍のまま交流競走を勝ち上がった方が本賞金の加算が少なく済み、中央に転厩や遠征をする際に編入されるクラスを抑えることができる。このことは認定馬を中央の馬主に転売する際にもちょっとしたカードとなる。そもそも現在の地方競馬の賞金水準では、重賞を勝つかダートグレード競走で2着に入るかしない限り、500万以上に編入されることは滅多にない。

つい、この間まで、園田にはトーコーペルセウスという3歳の有力な牡馬が在籍していた。この馬は、2歳時に認定の資格を得たものの、故障などもあり賞金加算ができず春の重賞戦線には乗りそびれた。それでも金沢の重賞や小倉の特指に遠征し、才能の片鱗は見せていた。そして、西日本地区の3歳限定戦がほとんど終わったこの夏、JRAに転厩した。そして先日、名古屋で行われた古馬500万条件の指定交流競走に優勝した。1着賞金は54万円。JRA所属で勝ったので、その何倍もの補助金を受け取った。

もしも園田在籍のまま勝っていたら、150万円を掴んでしまったがために、JRAの基準ではクラスが1つ上がって1000万条件となるところであった。こうなっていたとすると、園田には1000万条件の交流競走がないので、トーコーペルセウスは降級まで1年待つか、JRAに遠征もしくは移籍して1000万に挑戦するしかなくなるところであった。園田を出たことが陣営にとっては賢明な選択だったということになる。

認定の資格をフルに活用して中央移籍、その上で古馬の指定交流競走をJRA所属で勝つ。園田競馬にとっては損失であったが、同じ1000万条件に格付けされるなら500万条件を1円でも多く稼いで卒業した方が得である。それを裏付けるように、園田で行われる2種類の指定交流競走の結果は、3歳未勝利の「山特別」で地元馬が五分以上の成績を上げているのに対して、古馬500万の「川特別」で地元馬が勝つことはほとんどない。唯一の例外は、中央から未勝利のまま園田に来た馬(出戻り狙い)と、7歳や8歳になり中央での引き取り手が見つけられない老齢馬である。

こんな調子でやっているのでは、地方競馬場にとって古馬の交流戦は、金を持ち出した上に馬を持ち出されるようなものではないか。たしかに、新馬戦の賞金補助など、JRA側も相当な持ち出しをしているので、古馬交流戦はその見返りととらえることはできる。しかし、その持ち出しの最たる認定競走についても、結果的には地方から中央へ有望な若駒が流出する要因となっていることが否めない。

この時期、園田をはじめとする全国の地方競馬の関係者は、午前中の認定競走に血眼である。「新馬戦だけが楽しみ」で馬主をやってる人も少なくない。ところが、我々が血眼になっているレースと、ファンが楽しみにしているレースには、残念ながら大きな隔たりがある。ならばと2歳戦を午後に組んでみたりもするが、未知数の2歳戦と馴染みの古馬戦では、売り上げ面で圧倒的に後者に軍配が上がる。

本題は、そもそも1つの競走に2つの賞金体系があるというのはおかしいという話なのであるが、それ以前の問題として「何をやっているのか」ということがファンに理解されていなければならない。関係者が白熱する認定競走の見返りに、交流競走としての大義を果たしているとは言い難い古馬の指定交流レースを組み込み、本気にならない地方馬と都落ちしてやって来る中央馬のダラダラとした競走を見せられたのでは、ファンがガッカリしてしまう。

賞金の二重体系を解消するには、賞金の一本化ということになる。もちろん、現実問題として、JRAが地方競馬場で行われた競走に勝利した地方所属馬に賞金を支払うという、これはこれで新たな捻れを生じかねないデリケートな話である。取り分が削られることになる中央の馬主の理解も得難いところだ。

社台グループの月刊誌上で吉田照哉氏は次のように述べている。

 たしかに騎手については、その腕前次第で中央所属馬にも乗れるチャンスがありますから、まだ救われている部分があるかもしれません。しかし、地方の馬主には逃げ道がないのです。たいていは中央所属馬が上位をさらい、仮に互角の勝負ができたとしても賞金はその数分の一というのでは、地方で馬を持とうとする人が少なくなるのも当然でしょう。

 そこで提案したいのは、あまりに当然ですが、所属を問わない賞金体系の一本化です。現在、JRAが交付している差額分をそのまま原資に充てるとすれば、総賞金は現在より少しだけ下がることになりますが、地方にとってはそれでも十分に魅力のあるコンテンツになりえます。南関東を除く大半の地方競馬場では、中央の未勝利戦の半分にも満たない賞金総額で重賞レベルのレースが組まれているのが現状なのです。これで地方の馬主の参加意欲が高まれば、入厩馬のレベルも高まり、交流競走はもっと拮抗したレース展開となるはずです。

 若干とはいえ賞金が下がるのもやむなし、こんな提案をすると、多額な経費をかけている中央の馬主にはお叱りを受けるかもしれません。たしかに目先は痛みをともなうことになりますが、長期的かつ寛大な視野に立って、なんとか理解を得られないものでしょうか。交流競走の賞金を中央の預託料でとりにいくのか、地方の預託料で狙うのか、選択の幅が広がるなかで、預託料への問題意識がより高まってくるメリットもあります。そして遠望的には、ある程度の採算性をともなって地方競馬が下級条件馬の受け皿の機能を担うことで、実力馬や素質馬だけが中央を目指していく、そんな健全なピラミッド体系が復活するきっかけにもなりえると思います。

最後の「地方競馬が下級条件馬の受け皿の機能を担うことで、実力馬や素質馬だけが中央を目指していく」というところは、正に「地方は中央の二軍になれ」と言われているようで、ちょっと同意しかねるところ。競馬のピラミッドの底辺である地方競馬の、そのまた最底辺に属する零細の個人馬主が、中央目指してガツガツ走る社台の馬と互角に戦えるのかという疑問もあったりする。しかし、それが地方競馬の生き残るための数少ない選択肢の一つであることは否めない。

ただ、「地方の馬主の参加意欲が高まれば、入厩馬のレベルも高まり、交流競走はもっと拮抗したレース展開となるはずです」という点に関しては一言一句まで同意。結果的に零細が淘汰されても、それは一種の競争原理が正常に機能したということで、だいたい私らのような人間が馬を走らせてやっとこさ競馬ができている、そんな現状の方がどうかしてるのも確かなこと。

ファンを引き付けるには、いや競馬場に来る・来ないは二の次で、ネットでもケータイでもいいからとにかく馬券を買ってもらうにはどうすればいいのか。それはすごく簡単なことで、面白いレース・価値のあるレースをやることだ。それには参加者のモチベーションが不可欠。地方の売り上げは死に体、中央の売り上げも“GⅠ依存”の弊害で徐々に下降線に入った今、「既得権益」(という表現は不適切かもしれないが)を守ることがモチベーションであっては、全く未来が見えない。

先の「パート1国」入りをはじめ、日本の競馬は「国際化」の号令下、外国の競馬にどんどん門戸を開いている。これでいきなり往来が活発になるかといえばそんなことはないだろうが、門戸を開けておくことに意味があるのだ。その一方で、同じ国の中にある「もう1つの競馬」=地方競馬に対する門戸は未だに半開きのままである。門番の兵隊が閉めようとしているきらいさえある。外国に開放できるものが、なぜ国内の地方競馬に開放できないのか。

地方競馬の置かれた現状は、間違っても金の相談は引き受けられないところにある。金がないなら金にかわる付加価値を付けるという方法だってある。2歳認定競走や3歳交流競走で得られる認定の資格はどこでもらっても同じ価値を持つが、古馬500万条件の交流で得られる賞金の額はその馬の所属によって天と地の開きがあるというところに着眼してほしい。最初の一歩は、能力のある者や努力をした者に「挑戦できる権利」が与えられるだけでもいい。

地方競馬には、人材という財産がある。今ならまだ間に合う。階段さえあるならばチャレンジしてみようという人たちがたくさんいるのだから…。

ギャンブルであるからこそスポーツにもまして透明性が求められる

中央競馬と地方競馬では出馬投票のやり方が若干異なるものの、出馬表が確定したあとで出走を取り止める方法ほぼ同じ手順を経なければならない。

出走取消ができるのは、調教師の申告に基づいて、獣医が診断し、主催者がこれを認めたときに限られる。獣医が診断した場合でも、伝染性の疾病でなければ、疾病そのものは取消の正当な事由とはならない。つまり「風邪気味なんで…」とか「筋肉痛のようで…」と申告するだけ取消すことは認められないのである。

では、主催者は何を基準に取消の可否を判断しているのか。それは投薬の有無なのである。主催者からは取消事由として「疾病」や「故障」と発表されていても、骨折や脱臼のように物理的に出走が不可能になって場合を除く全ての取消は、投薬の有無によって決められたものである。

かすり傷の止血に油を塗り込んだ程度なら問題にならないこともあるが、獣医が咳止めや痛み止めを処方した馬は例外なく出走を取消さねばならなくなる。治療に用いる薬品の中には「禁止薬物」として法律で定められた成分が含まれていることもあるし、そうでなくても競走能力への影響が否定できない以上、競馬に出走させてはならないからである。

出馬表が確定する前に投薬した場合でも、その薬効が馬体内から排出されていない限り同様である。軽い熱発を発症した馬が、体温が下がってもすぐにレースに使えないのは、馬の体調への配慮もあるが、薬が体内に残留しているからというのが第一の理由である。

これが、馬券売上確保とか八百長防止とかの観点も含んだ日本の出走取消のルールである。日本の競馬はスポーツである以前にギャンブルであるから、こういうところだけは世界の競馬先進国の中で最も厳しいルールが用意されているのだ。欧米、特にヨーロッパの場合、馬場が柔らかいので走らせたくないと調教師が申告するだけで取消が認められるなど、投薬の有無に関わらず容易に出走を取り消すことができる。ゲートまで行きながら発馬機に入らず引き返す馬もいる。


池江調教師は「管理の不手際については調教師が全責任を負う」といった。JRAは「誤って摂取してしまったものだから仕方ない。故意はなかった」と調教師を弁護した。本当にそれでいいのか。

誤って摂取させたことが問題なのではなく、レースが迫っている中で投薬し、体内に薬物を残留させたまま出走させたことが問題なのだ。故意であれなかれ、馬体内に薬物が残留した馬を出走させてしまったのは事実なのだ。

日本では、体内に薬品が残留している可能性がある馬を出馬する際には「プレレーステスト」という任意の検査を受けることができる。この検査は、ドーピングに対する認識が高いフランスにも当然ある。事前に薬品が残留していないか検査する手段があるわけだが、それを受けないままに出走させたこと、それを「過失」と言い切ってしまうことはあまりに無理がある。

薬品が競走能力に影響を与えたか。特に今回問題になったイプラトロピウムに関しては薬学の専門家ではないので分からない。ただ、ディープインパクトが馬体内に薬物を蓄えたまま競走に出たということは確かであり、それがフランスでは禁止薬物に指定されていたということも確かなのである。

もしも、ディープインパクトの馬体内からイプラトロピウムが排出されていて、同馬が凱旋門賞のパドックで咳き込んでいたら…。ディープインパクトに賭けた人・賭けるつもりだった人の何割かは、確実に別の馬に賭けていただろう。金を賭けるとき、故意だったかどうかとか、ドーピングをしていたかどうかなんてのは二の次なのである。

ディープインパクトはレースに出てはいけない状態だったのである。投薬の有無を問わないフランスの基準のみならず、投薬の有無を問う日本の基準に照らし合わせても、つまるところ薬効が否定できない状態で馬を出走させてはならないのである。それでも出走させたのは、関係者の功名心という他あるまい。

プレテストを受検しなかったこと、出走を取り消さなかったこと、これらを過失で片付けるのは強引すぎる。にもかかわらず、JRAは調教師にも馬にも処分を下さなかった。「過失」を強調し、出走させてはいけない馬を出走させた責任は全く問わないという姿勢を貫くつもりのようだ。もっともらしく「二重処分をさけるため」という理由を付けているが、本質的には「外国で起きたことなので感知しない」という立場にしか映らない。これでは、まるで誰かが書いた台本があって、いつの間にか「故意かどうか」の問題にすり替えて雲霧消散を図っているとの印象が拭えない。

昨日も書いたが、競馬は、野生動物が好き勝手に走る性質のものではない。人為的に生産・繁殖された動物を、人間が購入し、人間が調教して、人間が跨って走らせる。サラブレッドはしょせん人間の所有物・専有物、博打の駒にすぎない。競馬とは、経済動物の競走なのである。不祥事の責任は人間が負い、経済動物は無条件に連帯責任を負うのが筋である。「馬に責任はない」という言い方は、人間が適当に見繕った言い逃れ、詭弁なのである。

凱旋門賞という国際競走で禁止薬物が検出された馬が、何食わぬ顔でジャパンカップという国際競争に出てくる。JRAが「日本では禁止されていない」という以上、日本ではイプラトロピウムを使用してもよいという解釈が成立している。咳き込んで絶不調の馬にイプラトロピウムを摂取させ、薬効で見た目はさも絶好調であるかのように装い、出走させることができるのだ。外から見ても馬がどんな薬を服用しているかなんて絶対に分かりっこない。

こんな駒に金を掛ける。これが「公正競馬」と言えるのだろうか。不公正であることの証明など必要ない。公正であることが証明できないものは全て不公正だからだ。

馬券を買うという行為は賭博行為である。賭博は公正に開帳されなければ成立しない。日本の競馬は、馬券が売れなければ賞金も出せない。賞金が出なければ馬産業は衰退する。ディープインパクトという駒がこの世に生まれ出られたのも、つまるところ馬券を買い続けてきた幾多の人々のおかげである。

ギャンブルであるからこそ、スポーツにもまして透明性が求められるのである。昨年来のディープインパクトを巡る一連のフィーバーは、この肝心なところが置き去りになっていた。「英雄」だの「空飛ぶ」だのキャッチフレーズを捻り出して、銅像を建て、気球を飛ばし、公正競馬を求めるギャンブラーを積極的に疎んじ排除に努めていた。禁止薬物の検出を受けた今般の騒動でも、この置き去りが解消されることはなかった。

馬券の売上がなければ成り立たない一種の馬券依存状態を維持したまま、賭博性を排除した不公正競馬を並立させようなど不可能なのだ。公正競馬を回復しない限り、煽ったところで、日本の競馬は全く成長しない。

もはやディープインパクトが日本の競馬に遺したもの、それは汚点というには小さすぎる巨大なクレーター、「不公正競馬の疑惑」でしかない。不公正の代償、馬券の売上額は既に下がり始めている。不公正競馬をもてはやした者には、浮かれた祭りの後片づけをしっかりとやっていただきたいものである。

クスリ漬けでもお咎めなしの中央競馬について

はっきり言うとくで。博打っちゅうのは、誰かがイカサマしてると思われた時点でお終いや。胴元が特定の駒をプッシュする。その駒が勝つように闇でシャブ公認。情報は隠す。バレても言い逃れ。こんなふざけた賭場に誰が張るねん。

どうせ、皐月賞もダービーも神戸新聞杯も菊花賞も有馬記念も阪神大賞典も天皇賞も宝塚記念も、薬品のおかげで勝ったんやろ。NHKスペシャルでも言うてたやん、「ディープインパクトは他の馬より早く息が入る」って。

こういうカラクリがあったと聞いても驚かん。それくらい日本の競馬にはイカサマが横行してるというこっちゃ。イカサマの賭場に銭賭けるんはサクラだけ。「汚点」というた理事長、さすが親玉、よう分かっとる。

ディープインパクトの薬物検出事案に対するフランスギャロによる処分の決定について

フランスギャロとJRAの共同調査の結果は次のとおりでした。

  1. ディープインパクトの診療のためにフランスに出張していた日本人獣医師は、ディープインパクトの担当きゅう務員から「ディープインパクトが9月13日(水)ロンシャン競馬場での調教後に咳をし始めた」と聞いたため、フランスでの滞在きゅう舎担当のフランス人獣医師に相談をし、吸入治療を推奨された。
  2. 日本人獣医師の要望で9月21日(木)からディープインパクトに吸入治療を行うこととなり、日本人獣医師はフランス人獣医師の処方により吸入治療に必要な薬品「イプラトロピウム」を薬局で購入した。
  3. 日本人獣医師は、9月21日(木)~9月25日(月)の5日間、フランス人獣医師から借りた吸入器を用い、担当きゅう務員の手を借りてディープインパクトに吸入治療を行った。
  4. ディープインパクトの関係者およびフランス人関係者は、ディープインパクトがイプラトロピウムを第三者から不正投与され得る状況にはなかったと申立を行った。
  5. このようにイプラトロピウム陽性の原因が特定されない状況の中で、池江泰郎調教師は、日本人獣医師と担当きゅう務員から「5日間の吸入治療中、ディープインパクトが暴れた際にディープインパクトに装着したマスクから容器が外れ、霧状化したイプラトロピウムが馬房床に噴霧したことが、2回あった。」と薬物検出後に報告を受けた。
  6. 池江泰郎調教師は、吸入治療を行った際に馬房床に噴霧したイプラトロピウムが、敷料や乾草に付着して競走当日まで馬房に残り、ディープインパクトが競走の前日から当日の間にそれを摂取した可能性があると申立を行った。
  7. 以上の状況から、ディープインパクトの検体からイプラトロピウムが検出された原因は明確には特定されなかったが、池江泰郎調教師は、9月21日から9月25日までにディープインパクトに対して行われた吸入治療において、ディープインパクトが暴れた際に馬房内に飛散したイプラトロピウムが敷料や乾草に付着したにも拘わらず、それら敷料、乾草を入れ替えずに放置し、競走前日から当日の間にディープインパクトがそれを摂取したことにより尿検体が陽性となった可能性があり、その不注意の全ての責任は自身にあると申立を行った。よって、ディープインパクトの管理責任者である池江泰郎調教師は、禁止薬物事案を未然に防止すべき調教師としての責務を十分に果たさず、その結果、凱旋門賞に出走したディープインパクトの尿検体から禁止薬物が検出されたことについて、調教師としての規律違反があったものと判断された。

とりあえず、こんな説明を聞いて納得する奴がおるとしたら、筋金入りのアホくらいのもんやぞ。説明聞いても、ツッコミの入れどころ満載で、むしろ余計に怪しさ満開。

【疑義1】 薬品使用はオファーではなくリクエストだったのではないか?

要するに、フランスの法律では、日本から帯同した獣医が現地で治療行為を行うことが禁止されているので、建前として現地の獣医に診断と処方をやらせた。薬品名は帯同した日本の獣医からリクエストしたということやな。獣医なり厩舎スタッフなり、こっちの人間には、その薬品について予備知識があった。常習しとったというこっちゃ。そうとしか読みとれんぞ。まぁ、違法スレスレやけど脱法も合法や。「国内では禁止されていない」などと強調しとったんは、そういうことなんやな。

【疑義2】 飛散した薬品が気化せずに馬房内に残ることが有り得るのか?
  

マスクが外れて床に誤噴射したというのが事実だとしても、体内残存期間から逆算すると、多く見てもレース前の48時間以内に摂取していなければならないわけだが、錠剤や顆粒剤とは違い吸入治療に使う霧状で蒸散しやすい性質を持つ薬品が、長期間にわたって馬房内に残留することは考えにくい。残っていたとして、検査で発見されるほどの量を摂取できたとは思えない。第一、馬房は定期的に清掃しているはずだ。飼料に紛れ込んだ可能性もあるだろうが、飼い葉桶は使うたびに洗浄しているだずだ。それとも、池江厩舎は掃除も洗い物もしない主義なのか。

【疑義3】 関係者を処分しないのか?

ディープインパクトはジャパンカップに出走するつもりらしいが、フランスで罰せられたから日本ではお咎めなしとは、いかがなものか。野生動物が野原を走るのとは訳が違う。人為的に配合された経済動物を人間が育て、人間が走らせる。「馬に責任はない」とか詭弁も甚だしい。人間も馬もきっちり責任を取らんでどうする。そのかどでフランスにて失格処分を食らい、そのジャッジメントを受け入れたくせに、何食わぬ顔で国内で出走できるときた日にゃ、それこそダブルスタンダードやないか。

最初のうちは「ルールの違いに対する認識不足」とか言うて、中には「毒を盛られた」みたいなこと言うとる奴もおったけど、今日になってちゃっかりと、日本から連れて行った獣医が登場、これまたあちこちでよう動き回っとったことが分かる。厩舎ぐるみの確信犯やろ。しょうもないエクスキューズを与うる余地なし。

しかも、JRAの姿勢からは、真相をわざと遠ざけようという意志がはたらいてるようにしか思えん。まるで他人ごと、まだ被害者の感覚でおるんちゃうか。

元々、この馬に関していえば、JRAがレース前にCM作る、気球飛ばす、銅像建てる、新種馬券のサンプルに名前使うなどなど、本来は公平・中立でなければならない胴元の責任を放棄してきたという経緯があった。胴元が特定の駒をプッシュする、これだけでも立派なイカサマやと、口が酸っぱなるほど言うてきたのに、そこに輪を掛けて、特定の駒に薬物が投与されていることを事実上公認し、その情報を外部には公開しない、これをイカサマといわずに何というねん。安物の格闘技なら「作られた物語」で済むことも、博打でやったらそれはれっきとした八百長や。

JRAは、二言目には「公正競馬」を標榜するくせに、言うてることとやってることが全くリンクしとらん。駒が薬品を服用している、しかもその情報が公開されていないなんて、博打としては致命的やで。日本の競馬っちゅうのは馬券を売ってナンボ、馬券が売れな賞金も出せんようになる。馬券を買う人にイカサマを見抜かれたら終わりなんやで。少なくとも俺は、シャブ漬け疑惑の馬が出てくるジャパンカップ、有馬記念の購入は控えるつもりや。俺一人の馬券代なんか微々たるもんやろけど、塵も積もれば山となる。

中央競馬が「公正競馬」であることを証明する手立てはただ一つ、真相を明らかにし、当事者に厳正なる処分を下すこと。インチキくさいもんが消えて無くならん限り不公正の疑念は晴れんさかい、処分の対象には特定の駒をプッシュしてきたJRA自身も含まれて然るべきや。目先の利益のために公正競馬を阻害してまで1頭の馬をまつりあげ、挙げ句このザマ。きっちりケツ拭け。

また、薬品使用の是非についての議論を待っている間も競馬開催は待ってくれないのだから、薬品が競走能力に与える影響を完全に否定できない以上、国内ルールと国際ルールの狭間にあるグレーゾーンの薬品を服用したことのある馬が出走する際には、出馬表に薬品使用馬であることを示す (薬) マークを付していただきたい。公正競馬、つまり公正な賭博を開帳しとるんなら、個体の情報を開示することに何のはばかりもないはずや。

言い出したらキリないけど、先週のカワカミプリンセスの降着にしても、零細牧場の生産馬で、生産者が自ら馬主になって、地味な厩舎にオッサンジョッキー、抵抗のできん弱いもんにだけ毅然とするんがJRAのやり口やしな。あれが大手の牧場で生まれて、武やら福永が乗っとったら、せいぜい罰金で済むとこや。胴元がレースの結果を操作しとると言われてもしゃあないで。

おい理事長、公正競馬やっちゅうなら、お前んとこの職員がこっそり隠れて持っとる馬券の買い目を見せてくれや。

そんなに死にたきゃ最期くらい他人に迷惑かけず死ね

「自殺」っちゅうのは、読んで字の如く「自分を殺すこと」。自殺は立派な人殺しや。たいそうな予告文を送りつけても、えらそうな遺書を仕上げても、自殺も他殺も人殺しであることに変わりはない。

そら、死ぬ人間は気楽でええわ。あとのこと何も考えんと、短絡的に自分を殺せばええんやからな。せやけど、ガキの一匹や二匹、死んだところで、世の中の大勢にとっちゃ痛くも痒くもないんや。いや、他人の命を奪う前に自分からすすんで死んでくれるなんて、将来の犯罪が抑止できて社会は万々歳や。

なんぼ言い訳したところで、自らの命を断つ、親より先に逝ってしまう親不孝者の命なんて、しょせんその程度のもんなんや。自分が大切にしない自分を、他人が大切にしてくれるなんて思うな。

人生は嬉しいこと、楽しいことばかりじゃない。挫折して「死のう」と思うことは誰にでもある。それでも多くの人間は死なずに生きている。死んでもなにも解決しないからだ。死ぬほどの根性があれば、生きていた方が絶対にマシだからだ。

生きることができるのに生きようとしなかった人間が、なんぼたいそうな遺言を残したところで、そんなものに何の値打ちがあるか。死んで惜しまれる人間になりたければ、生きるしかない。

学校なんて楽しい場所じゃない。凹むたびに死んでたら命なんか幾つあっても足りん。死ぬほどいやなら行くな。サボっても死なん。金が尽きても、食い物が無うても、恋に破れても、草の根かじったら生きていける。生きる方法なんか、いくらでもあるんや。要は生きようとするかどうかや。

それでも「どうしても死にたい」とほざく大馬鹿者は、せめて最期くらい人の迷惑にならない死に方を見つけてから死ね。死んだあとまで人様の手を煩わすな。

自分より弱いもんをいじめる。人として最低や。せやけど、ならず者の思い通りにされて悔しいおもた人間は、石にかじりついてでも生きとるんじゃ。いじめられたからといって自分を殺すような人間は、いじめる人間より悪質や。てっとり早い理由を見繕うて、結局逃げとるだけや。

いじめる人間を庇う気も、いじめられた人間を責める気もない。ただ、死んだら勝ちみたいな風潮は、わがままな自殺者を量産するだけや。教育やというなら、親も学校も「自分を殺すのも立派な殺人」と基本中の基本をキッパリ叩き込め。死に損ないは殺人罪で刑務所にブチ込んだれ。

いじめられたからと自分を殺すのも、むしゃくしゃしたからと他人を殺すのも、殺しは殺しや。自殺は立派な殺人や。あと片付けする人間にも迷惑なんや。自殺に正義なんて微塵たりとも無いんやで。

誰もが悩みを抱えてる。世の中には、生きたくても生きられん奴も五万とおる。こんなこと書いてる俺だって、いじめじゃないけど、死にたいと思ったことは一度や二度のことではない。それでもこうやって生きてる。皆、生きることに精一杯や。

生きとる人間に向かって、死ぬとかほざくアホども、死んでからモノぬかしやがれ。お前は、死んでモノがいえるのか。人間ならオツム使え、このドアホどもめ。

岩田康誠騎手、メルボルンカップを制す!

世界の岩田」 キタ━(゚∀゚)━!!!!!

日本馬ワンツーを達成した1着デルタブルース(右)とポップロック

この歴史的快挙の鞍上が岩田康誠騎手であったこと、園田ファン・岩田ファンとして心から嬉しく誇りに思う。おめでとう!

道営の馬、コスモバルクが勝った。園田の騎手、岩田康誠が勝った。地方競馬を取り巻く情勢は決して楽観できるようなものではないけれど、諦めることなく、腐ることなく、挑戦するということに光明を見いだしてほしい。あえて大げさな言い方をするけど、「その道は世界に通ず」。


どうせ中央競馬なんて、武が勝つように仕組まれた八百長競馬。中央だけが競馬じゃない。地方がある。海外がある。乗せてもらえるならどこでも行くべし。

先週、川崎競馬場で行われた地方競馬の祭典「JBC」には、中央競馬からも多くの騎手が参加した。武豊をはじめとする中央競馬の騎手がメインレースのGⅠしか騎乗しない中、岩田康誠は中央競馬所属騎手としてただ一人、地元の平場戦にも騎乗した。園田を巣立って約8ヶ月。月に1~2回、岩田騎手は、他にも予定があるだろうに都合を付けて園田(姫路)の指定交流競走にやってくる。ここでも、兵庫の馬に騎乗する。

地方競馬の賞金は、中央競馬の出走手当にも満たないことがあるという微々たるもの。地方から中央へ転出する騎手の動機に、少なからず「金のため」という背景があることは否めない。しかし、岩田は中央競馬の騎手になったあとも安いレースに乗り続ける。1着賞金30万円のレースでも、納得のいく騎乗ができたときにはガッツポーズをする。

数ヶ月前、ある新聞に連載中の中央競馬・YF騎手のコラムに、「地方の騎手が中央のレースに乗っているのに、中央の騎手が地方のレースに乗れないのはおかしい」といったものを見かけた。F騎手は「機会があれば地方のレースに乗りたい」とまでいっていた。

先日、園田の指定交流にF騎手が来場することが分かり、この記事を目にしたある馬主が「じゃあ乗したるわ」と、調教師経由でF騎手に騎乗依頼を出した。ところが、この依頼は見事に断られた。「乗れないのはおかしい」と言っておきながら「乗らないのはおかしい」。あのコラムは嘘だったのかと失望した。

無論、連を外せば騎手の取り分は千円札数枚というレースに乗って、落馬でもしたら土日の中央競馬に出られないということを考えると、当たり前の話である。地方競馬場が払い出す賞金など、中央競馬では歩いて回ってくるだけでも手に入れられる端金なのだ。武豊が交流は交流でもダートグレード競走の開催日以外は殆ど地方に行かないのも、つまるところそういう理由によるものなのだろう。

であるから、岩田も、小牧も、赤木も、園田ではそう数多くは乗ってくれない。事故のリスクと同時に、地元騎手への遠慮も少なからずある。乗っても1日数鞍だ。それでも「乗る」ことに意味がある。岩田にしても、小牧にしても、赤木にしても、彼らは馬に乗ることが大好きなのだ。決して「金のため」だけで仕事場を選んでいるのではないのだ。

一流の騎手は、動く馬に強い競馬をさせる。しかし、それだけが騎手の仕事ではない。動かない馬に乗っても馬の能力を少しでも多く引き出し、1つでも上の着順をとる。これもまた騎手の仕事である。地方競馬出身の騎手が中央競馬で活躍する背景には、後者の要因が作用している。1つ1つのレースを大切にする。そう滅多に強い馬、速い馬には巡り会えない地方競馬だからこそ得られるものがある。

岩田は、そうやって才能を磨いてきたし、体力が続く限り慢心することなく安いレースに乗り続ける。タイムパラドックスでJBCクラシック、デルタブルースでメルボルンカップを制したのは、彼の日頃の行い、競馬に対する真摯な姿勢に、神様が与えたご褒美である。


そもそも競馬の「け」の字も理解してないアホンダラとか、ゲームで競馬を覚えたクソガキとかは、海外競馬というと「凱旋門賞」がお好きなようだが…。

海外競馬に造詣のある人なら既に知っているように、メルボルンカップというレースは、さながら日本の有馬記念のような、オーストラリアの競馬の祭典である。レースの日は州の休日となり、学校も会社もお休み。街を挙げて、みんなで競馬を楽しむ。そういう意味では、オーストラリアの競馬の祭典には、日本のそれよりも一歩進んだ文化と歴史がある。

このビッグレース、メルボルンカップに日本馬と日本人騎手のコンビが挑戦し、勝利を掴んだことは、日本競馬史のみならずオーストラリア競馬史において、後世まで語り継がれる偉業である。

これで今年に入ってから海外GⅠを制した馬はユートピア(ゴドルフィンマイル)、ハーツクライ(ドバイシーマクラシック)、コスモバルク(シンガポールインターナショナルカップ)、デルタブルース(メルボルンカップ)の4頭になった。GⅡではあるが、ダンスインザムード(キャッシュコールマイル)も勝った。暮れには香港国際競走に挑戦する馬もいるだろう。日本の競馬は地道に世界に浸透しつつある。


最後に、海外遠征といえば、この馬について触れないわけにはいかない。JRAと電通が必死になって煽った挙げ句、薬物常用まで発覚した「競馬界の亀田」ことディープインパクトである。

注目を集めるには集めたが、この馬、いやこの馬の周辺の人間が競馬界に落とした「汚点」はあまりに大きい。斤量に不満があるなら1年前に挑戦すればよかったのだ。挑戦よりも、確実に稼げる菊花賞を選んだ人間の責任だ。真っ直ぐ走らせるのが精一杯で全く追えない武豊なんか乗せずに、現地のジョッキーに任せればよかったのだ。武豊なんて世界に出れば“フツーの”騎手だと、知らなかったとは言わせない。

日本の競馬と世界の競馬の距離は間違いなく近づいている。しかし、近づけば近づくほど、日本競馬が長年のよりどころとしてきたものが、いかに鎖国的なものだったか思い知ることになる。なにしろテレビでは、競馬に対して少しは造詣のありそうなコメンテーターが、知たり顔をして「薬物疑惑は仕組まれたもの」で「ヨーロッパの競馬は閉鎖的」とのたもうているのである。日本の競馬がどれくらい閉鎖的か、それを知っていたら、こんなトンチンカンな発言はできないはずである。

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