交流の促進を阻む障壁「1競走・2賞金体系」
1つの競走に、2つの賞金体系が存在する。このことは中央競馬のファンはもちろん、地方競馬のファンでも知らない人が結構多い。
今日、園田競馬場で行われる指定交流競走 逆瀬川特別 を例に挙げてみる。園田名物の1870メートルで争われる交流戦は年に一度のこと。これを楽しみにしているファンも少なくはない。しかし、出走馬は7頭、うちJRA所属馬が6頭、地元からただ一騎の出陣となるマイネルラプタスもついこの前まで中央で走っていた馬で、こちらに来てからC3の平場を1勝しただけという有り様である。さらにいえば、小牧太も岩田康誠も赤木高太郎も来ない。
この競走の1着賞金は150万円である。ただし、これは園田の馬が勝った場合の賞金額。JRAの馬が勝った場合には、150万円に加えて、JRAの定める賞金額(JRAの500万条件の賞金額)との差額が、JRAから補助される。出走手当や騎乗手当、競走中に事故が起きた場合の見舞金などなど、これらもJRA勢には別途支給される。
競馬場が供出する賞金額は競走を施行する競馬場の財政事情によって異なる。園田のJRAの古馬500万クラスとの交流競走の1着賞金150万円。南関東4場は同条件の1着賞金が400万円。賞金が最も安いのは笠松で、同条件の競走は1着賞金が40万円にも満たないため、1着賞金の10倍以上もの額がJRAから補助されている。ちなみに、この150万、400万、40万といった額も、その満額を地方競馬場が負担するのではなく、一部をJRAが折半して供出している。
もしもあなたが馬主なら、この交流競走に勝てそうな馬を持っていたなら、地方所属のまま勝ってしまうと大損であることに気が付くはずだ。
同じ勝つにしても、もらえる賞金の額が何倍も違うのなら、地方在厩のまま勝つよりは中央に一旦転出させてから勝たせた方が絶対にお得なのである。いかに私のような「打倒JRA!」を掲げている無謀かつ酔狂な地方馬主でも、「賞金が何倍も違いまっせ」となれば、(不幸にも今のところそんな馬には巡り会っていないが)勝利の名誉なんかかなぐり捨てて、中央の馬主資格を持つ馬主に売り込みをかける。最近は、この制度を逆手に取った競走馬流通の手段も多く、「500万以上稼げる馬」なら買い手が見つかる可能性は非常に高い。
500万円という額を園田で稼ぐには、重賞レースをいくつも勝たなければならない。条件レースで稼ぐとなれば、さらに困難を極める。稼ぐ前に馬がくたばる可能性の方が高い。地方在厩のまま勝てば本賞金の上積みもそれ相応に低くなるので、勝ったあとも何度も交流競走に使えるというメリットがないわけではないが、JRAから来る馬のレベルは常に一定ではないし、そういつまでも馬が元気であるという保障もどこにもない。
賞金の捻れは1着賞金のみならない。仮に地方馬が1着に入ったとしても、中央馬が2位や3位に入ると、勝った馬より負けた馬の方が手取りの賞金額は多かったなどという逆転現象が生じることになる。「交流」とは掛け声だおれもいいところ、こんな賞金制度では、本気で勝ちに行く地元馬なんて滅多に現れっこない。
騎手にしても、1着で入線した騎手より掲示板の下の方に載せた騎手の方が実入りが大きいとなれば、中央からの騎乗依頼も舞い込んでくる地元の有力騎手がこぞって中央馬に乗りたがるのは無理もない。彼らにとってレースは身体を張った仕事なのだ。こんなところでも「地方VS中央」の図式など絵空事、騎手にとっての指定交流は「いかに中央の関係者に技術をアピールできるか」という場と化している。
地方で行われる500万条件の交流競走は、本場所の500万条件戦より間違いなくレースのレベルは低い。前述の事情により地方馬が本気にならないため、本場所で勝負にならない最底辺の中央馬でも、フルゲートの少ない競馬場に行き、滅多に稼げない高額賞金を狙う地元騎手を乗せれば、確実に入着が狙える。
こんなやり方では、地方馬のモチベーションを大いに損ねていることのみならず、中央馬にしてもどこまで本腰入れて挑戦してきているのかはかりかねる。中央の視点に立てば補助金の無駄遣い、地方の視点に立てば単なる馬場貸し。ファンにとっては何を見所にすればいいのか分かりにくく、非常に退屈なレースである。「交流」の掛け声だけが虚しく響いている。
古馬の500万(南関東・岩手・荒尾では1000万も実施)と並行して行われている中央3歳未勝利と地方3歳未認定の交流競走も、同じように1つの競走に2つの賞金体系で施行されている。ただし、3歳戦の場合は、「認定」の制度があるため、地方在籍のまま勝つことによるデメリットが無い。
認定制度とは、認定資格を持った馬が地方から中央へ転厩する際に、各調教師に割り振られた規定数の馬房とは別の「認定馬房」に入厩できる制度である。認定資格は3歳いっぱい有効であり、2歳時に行われる認定競走(認定新馬戦など)に勝ちそびれた馬は、地方競馬場の指定交流競走に勝つことで認定を受けられる。
認定を持っている馬は、中央へ優先的に転厩できることになり、中央の馬主に買い手が見つかった際にはちょっとしたプレミアを付けることができる。また、認定の資格を持っている馬は、地方競馬に在籍したまま中央競馬の特指競走に出走することができる。売るもよし、走らせるもよし、地方で馬を持つなら、賞金の前に取りたいのがこの「認定」の資格である。
3歳馬は、むしろ地方在籍のまま交流競走を勝ち上がった方が本賞金の加算が少なく済み、中央に転厩や遠征をする際に編入されるクラスを抑えることができる。このことは認定馬を中央の馬主に転売する際にもちょっとしたカードとなる。そもそも現在の地方競馬の賞金水準では、重賞を勝つかダートグレード競走で2着に入るかしない限り、500万以上に編入されることは滅多にない。
つい、この間まで、園田にはトーコーペルセウスという3歳の有力な牡馬が在籍していた。この馬は、2歳時に認定の資格を得たものの、故障などもあり賞金加算ができず春の重賞戦線には乗りそびれた。それでも金沢の重賞や小倉の特指に遠征し、才能の片鱗は見せていた。そして、西日本地区の3歳限定戦がほとんど終わったこの夏、JRAに転厩した。そして先日、名古屋で行われた古馬500万条件の指定交流競走に優勝した。1着賞金は54万円。JRA所属で勝ったので、その何倍もの補助金を受け取った。
もしも園田在籍のまま勝っていたら、150万円を掴んでしまったがために、JRAの基準ではクラスが1つ上がって1000万条件となるところであった。こうなっていたとすると、園田には1000万条件の交流競走がないので、トーコーペルセウスは降級まで1年待つか、JRAに遠征もしくは移籍して1000万に挑戦するしかなくなるところであった。園田を出たことが陣営にとっては賢明な選択だったということになる。
認定の資格をフルに活用して中央移籍、その上で古馬の指定交流競走をJRA所属で勝つ。園田競馬にとっては損失であったが、同じ1000万条件に格付けされるなら500万条件を1円でも多く稼いで卒業した方が得である。それを裏付けるように、園田で行われる2種類の指定交流競走の結果は、3歳未勝利の「山特別」で地元馬が五分以上の成績を上げているのに対して、古馬500万の「川特別」で地元馬が勝つことはほとんどない。唯一の例外は、中央から未勝利のまま園田に来た馬(出戻り狙い)と、7歳や8歳になり中央での引き取り手が見つけられない老齢馬である。
こんな調子でやっているのでは、地方競馬場にとって古馬の交流戦は、金を持ち出した上に馬を持ち出されるようなものではないか。たしかに、新馬戦の賞金補助など、JRA側も相当な持ち出しをしているので、古馬交流戦はその見返りととらえることはできる。しかし、その持ち出しの最たる認定競走についても、結果的には地方から中央へ有望な若駒が流出する要因となっていることが否めない。
この時期、園田をはじめとする全国の地方競馬の関係者は、午前中の認定競走に血眼である。「新馬戦だけが楽しみ」で馬主をやってる人も少なくない。ところが、我々が血眼になっているレースと、ファンが楽しみにしているレースには、残念ながら大きな隔たりがある。ならばと2歳戦を午後に組んでみたりもするが、未知数の2歳戦と馴染みの古馬戦では、売り上げ面で圧倒的に後者に軍配が上がる。
本題は、そもそも1つの競走に2つの賞金体系があるというのはおかしいという話なのであるが、それ以前の問題として「何をやっているのか」ということがファンに理解されていなければならない。関係者が白熱する認定競走の見返りに、交流競走としての大義を果たしているとは言い難い古馬の指定交流レースを組み込み、本気にならない地方馬と都落ちしてやって来る中央馬のダラダラとした競走を見せられたのでは、ファンがガッカリしてしまう。
賞金の二重体系を解消するには、賞金の一本化ということになる。もちろん、現実問題として、JRAが地方競馬場で行われた競走に勝利した地方所属馬に賞金を支払うという、これはこれで新たな捻れを生じかねないデリケートな話である。取り分が削られることになる中央の馬主の理解も得難いところだ。
社台グループの月刊誌上で吉田照哉氏は次のように述べている。
たしかに騎手については、その腕前次第で中央所属馬にも乗れるチャンスがありますから、まだ救われている部分があるかもしれません。しかし、地方の馬主には逃げ道がないのです。たいていは中央所属馬が上位をさらい、仮に互角の勝負ができたとしても賞金はその数分の一というのでは、地方で馬を持とうとする人が少なくなるのも当然でしょう。
そこで提案したいのは、あまりに当然ですが、所属を問わない賞金体系の一本化です。現在、JRAが交付している差額分をそのまま原資に充てるとすれば、総賞金は現在より少しだけ下がることになりますが、地方にとってはそれでも十分に魅力のあるコンテンツになりえます。南関東を除く大半の地方競馬場では、中央の未勝利戦の半分にも満たない賞金総額で重賞レベルのレースが組まれているのが現状なのです。これで地方の馬主の参加意欲が高まれば、入厩馬のレベルも高まり、交流競走はもっと拮抗したレース展開となるはずです。
若干とはいえ賞金が下がるのもやむなし、こんな提案をすると、多額な経費をかけている中央の馬主にはお叱りを受けるかもしれません。たしかに目先は痛みをともなうことになりますが、長期的かつ寛大な視野に立って、なんとか理解を得られないものでしょうか。交流競走の賞金を中央の預託料でとりにいくのか、地方の預託料で狙うのか、選択の幅が広がるなかで、預託料への問題意識がより高まってくるメリットもあります。そして遠望的には、ある程度の採算性をともなって地方競馬が下級条件馬の受け皿の機能を担うことで、実力馬や素質馬だけが中央を目指していく、そんな健全なピラミッド体系が復活するきっかけにもなりえると思います。
最後の「地方競馬が下級条件馬の受け皿の機能を担うことで、実力馬や素質馬だけが中央を目指していく」というところは、正に「地方は中央の二軍になれ」と言われているようで、ちょっと同意しかねるところ。競馬のピラミッドの底辺である地方競馬の、そのまた最底辺に属する零細の個人馬主が、中央目指してガツガツ走る社台の馬と互角に戦えるのかという疑問もあったりする。しかし、それが地方競馬の生き残るための数少ない選択肢の一つであることは否めない。
ただ、「地方の馬主の参加意欲が高まれば、入厩馬のレベルも高まり、交流競走はもっと拮抗したレース展開となるはずです」という点に関しては一言一句まで同意。結果的に零細が淘汰されても、それは一種の競争原理が正常に機能したということで、だいたい私らのような人間が馬を走らせてやっとこさ競馬ができている、そんな現状の方がどうかしてるのも確かなこと。
ファンを引き付けるには、いや競馬場に来る・来ないは二の次で、ネットでもケータイでもいいからとにかく馬券を買ってもらうにはどうすればいいのか。それはすごく簡単なことで、面白いレース・価値のあるレースをやることだ。それには参加者のモチベーションが不可欠。地方の売り上げは死に体、中央の売り上げも“GⅠ依存”の弊害で徐々に下降線に入った今、「既得権益」(という表現は不適切かもしれないが)を守ることがモチベーションであっては、全く未来が見えない。
先の「パート1国」入りをはじめ、日本の競馬は「国際化」の号令下、外国の競馬にどんどん門戸を開いている。これでいきなり往来が活発になるかといえばそんなことはないだろうが、門戸を開けておくことに意味があるのだ。その一方で、同じ国の中にある「もう1つの競馬」=地方競馬に対する門戸は未だに半開きのままである。門番の兵隊が閉めようとしているきらいさえある。外国に開放できるものが、なぜ国内の地方競馬に開放できないのか。
地方競馬の置かれた現状は、間違っても金の相談は引き受けられないところにある。金がないなら金にかわる付加価値を付けるという方法だってある。2歳認定競走や3歳交流競走で得られる認定の資格はどこでもらっても同じ価値を持つが、古馬500万条件の交流で得られる賞金の額はその馬の所属によって天と地の開きがあるというところに着眼してほしい。最初の一歩は、能力のある者や努力をした者に「挑戦できる権利」が与えられるだけでもいい。
地方競馬には、人材という財産がある。今ならまだ間に合う。階段さえあるならばチャレンジしてみようという人たちがたくさんいるのだから…。















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