ギャンブルであるからこそスポーツにもまして透明性が求められる

中央競馬と地方競馬では出馬投票のやり方が若干異なるものの、出馬表が確定したあとで出走を取り止める方法ほぼ同じ手順を経なければならない。

出走取消ができるのは、調教師の申告に基づいて、獣医が診断し、主催者がこれを認めたときに限られる。獣医が診断した場合でも、伝染性の疾病でなければ、疾病そのものは取消の正当な事由とはならない。つまり「風邪気味なんで…」とか「筋肉痛のようで…」と申告するだけ取消すことは認められないのである。

では、主催者は何を基準に取消の可否を判断しているのか。それは投薬の有無なのである。主催者からは取消事由として「疾病」や「故障」と発表されていても、骨折や脱臼のように物理的に出走が不可能になって場合を除く全ての取消は、投薬の有無によって決められたものである。

かすり傷の止血に油を塗り込んだ程度なら問題にならないこともあるが、獣医が咳止めや痛み止めを処方した馬は例外なく出走を取消さねばならなくなる。治療に用いる薬品の中には「禁止薬物」として法律で定められた成分が含まれていることもあるし、そうでなくても競走能力への影響が否定できない以上、競馬に出走させてはならないからである。

出馬表が確定する前に投薬した場合でも、その薬効が馬体内から排出されていない限り同様である。軽い熱発を発症した馬が、体温が下がってもすぐにレースに使えないのは、馬の体調への配慮もあるが、薬が体内に残留しているからというのが第一の理由である。

これが、馬券売上確保とか八百長防止とかの観点も含んだ日本の出走取消のルールである。日本の競馬はスポーツである以前にギャンブルであるから、こういうところだけは世界の競馬先進国の中で最も厳しいルールが用意されているのだ。欧米、特にヨーロッパの場合、馬場が柔らかいので走らせたくないと調教師が申告するだけで取消が認められるなど、投薬の有無に関わらず容易に出走を取り消すことができる。ゲートまで行きながら発馬機に入らず引き返す馬もいる。


池江調教師は「管理の不手際については調教師が全責任を負う」といった。JRAは「誤って摂取してしまったものだから仕方ない。故意はなかった」と調教師を弁護した。本当にそれでいいのか。

誤って摂取させたことが問題なのではなく、レースが迫っている中で投薬し、体内に薬物を残留させたまま出走させたことが問題なのだ。故意であれなかれ、馬体内に薬物が残留した馬を出走させてしまったのは事実なのだ。

日本では、体内に薬品が残留している可能性がある馬を出馬する際には「プレレーステスト」という任意の検査を受けることができる。この検査は、ドーピングに対する認識が高いフランスにも当然ある。事前に薬品が残留していないか検査する手段があるわけだが、それを受けないままに出走させたこと、それを「過失」と言い切ってしまうことはあまりに無理がある。

薬品が競走能力に影響を与えたか。特に今回問題になったイプラトロピウムに関しては薬学の専門家ではないので分からない。ただ、ディープインパクトが馬体内に薬物を蓄えたまま競走に出たということは確かであり、それがフランスでは禁止薬物に指定されていたということも確かなのである。

もしも、ディープインパクトの馬体内からイプラトロピウムが排出されていて、同馬が凱旋門賞のパドックで咳き込んでいたら…。ディープインパクトに賭けた人・賭けるつもりだった人の何割かは、確実に別の馬に賭けていただろう。金を賭けるとき、故意だったかどうかとか、ドーピングをしていたかどうかなんてのは二の次なのである。

ディープインパクトはレースに出てはいけない状態だったのである。投薬の有無を問わないフランスの基準のみならず、投薬の有無を問う日本の基準に照らし合わせても、つまるところ薬効が否定できない状態で馬を出走させてはならないのである。それでも出走させたのは、関係者の功名心という他あるまい。

プレテストを受検しなかったこと、出走を取り消さなかったこと、これらを過失で片付けるのは強引すぎる。にもかかわらず、JRAは調教師にも馬にも処分を下さなかった。「過失」を強調し、出走させてはいけない馬を出走させた責任は全く問わないという姿勢を貫くつもりのようだ。もっともらしく「二重処分をさけるため」という理由を付けているが、本質的には「外国で起きたことなので感知しない」という立場にしか映らない。これでは、まるで誰かが書いた台本があって、いつの間にか「故意かどうか」の問題にすり替えて雲霧消散を図っているとの印象が拭えない。

昨日も書いたが、競馬は、野生動物が好き勝手に走る性質のものではない。人為的に生産・繁殖された動物を、人間が購入し、人間が調教して、人間が跨って走らせる。サラブレッドはしょせん人間の所有物・専有物、博打の駒にすぎない。競馬とは、経済動物の競走なのである。不祥事の責任は人間が負い、経済動物は無条件に連帯責任を負うのが筋である。「馬に責任はない」という言い方は、人間が適当に見繕った言い逃れ、詭弁なのである。

凱旋門賞という国際競走で禁止薬物が検出された馬が、何食わぬ顔でジャパンカップという国際競争に出てくる。JRAが「日本では禁止されていない」という以上、日本ではイプラトロピウムを使用してもよいという解釈が成立している。咳き込んで絶不調の馬にイプラトロピウムを摂取させ、薬効で見た目はさも絶好調であるかのように装い、出走させることができるのだ。外から見ても馬がどんな薬を服用しているかなんて絶対に分かりっこない。

こんな駒に金を掛ける。これが「公正競馬」と言えるのだろうか。不公正であることの証明など必要ない。公正であることが証明できないものは全て不公正だからだ。

馬券を買うという行為は賭博行為である。賭博は公正に開帳されなければ成立しない。日本の競馬は、馬券が売れなければ賞金も出せない。賞金が出なければ馬産業は衰退する。ディープインパクトという駒がこの世に生まれ出られたのも、つまるところ馬券を買い続けてきた幾多の人々のおかげである。

ギャンブルであるからこそ、スポーツにもまして透明性が求められるのである。昨年来のディープインパクトを巡る一連のフィーバーは、この肝心なところが置き去りになっていた。「英雄」だの「空飛ぶ」だのキャッチフレーズを捻り出して、銅像を建て、気球を飛ばし、公正競馬を求めるギャンブラーを積極的に疎んじ排除に努めていた。禁止薬物の検出を受けた今般の騒動でも、この置き去りが解消されることはなかった。

馬券の売上がなければ成り立たない一種の馬券依存状態を維持したまま、賭博性を排除した不公正競馬を並立させようなど不可能なのだ。公正競馬を回復しない限り、煽ったところで、日本の競馬は全く成長しない。

もはやディープインパクトが日本の競馬に遺したもの、それは汚点というには小さすぎる巨大なクレーター、「不公正競馬の疑惑」でしかない。不公正の代償、馬券の売上額は既に下がり始めている。不公正競馬をもてはやした者には、浮かれた祭りの後片づけをしっかりとやっていただきたいものである。

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