まだ90人以上の死刑囚がのうのうと生きてやがる!!
今日の執行で、未執行死刑囚の在庫が100人を切ったらしいが、まだ90人以上の死刑囚がのうのうと生きているという事実を無視することはできない。
自らの政治的目標達成の手段として凶悪犯罪者を利用かつそれらと連携し、我が国を犯罪者が暮らしやすい国にせんと企む、死刑反対論者とかいうアカかぶれのド腐れバカども。その圧力の前に屈し、「言語道断」とかいいながら人間の命を数として見なすしか能のないクソ裁判官や、極刑回避のためなら屁理屈こねて被害者や遺族の人権を蹂躙しても平気なアホ弁護士が溢れている。
人を殺した人間が、その罪を自らの命を以って償うのは、もはや議論する意味すらないほど当たり前のこと。中にはヤクザのケンカとか「どっちもどっち」な事件もあるだろうが、その手のアウトローを生かしておいても、いつかは何の罪もない普通の人間が巻き込まれるのは非を見るより明らかだから、生かしておく必要はない。人を殺した奴らはすべからく死刑が妥当であり、またそれ以外の末路は用意する必要がない。
「法の正義」だかなんだか崇高な理念を掲げているくせに、それを扱う裁判官や弁護士、あるいは執り行う政治家や官僚が、安物の人権屋からゆすられていて、一体どんな正義が実現できようか。命は、この世に済む全ての人間にとって一以上でも一以下でもない唯一無二の授かり物。同じ人間として、奪われた命を数で勘定するなど言語道断である。
大体、法律には「○人殺したら死刑」なんて基準はない。勝手に人殺しが有利になる法解釈を作るな。法律にも不備がある。中途半端に懲役刑など用意しておくから、弁護士どもに付け入る隙を与えることになり、人殺しを増長させるのだ。ややこしいこと決めんでええから、刑法の初っぱなに「人殺しは死刑に処す」と書いとくだけで十分じゃ。
理不尽にも生命を断たれた者や、残された者にとって、「被害者の数」や「悪質性」などどうでもいい。加害者が精神病だろうが薬物中毒だろうが不幸な生い立ちだろうがロリコン趣味のアニメオタクだろうが知ったことではない。真実を知ったところで、死者が生き返るものではない。下らないことを論じるために裁判を開く金があれば、犯罪被害者や遺族の救済に充てた方がよっぽどよい。
人殺しは死刑。裁判という手続きを経て刑場送りになるだけマシだと思え。人殺しの肩を持つ人権屋の連中も、人殺しと同類だから連帯責任で死刑だ。ハンコ付かずに人殺しを延命させている大臣や官僚も然り。人殺しの片棒を担ぐろくでなしはまとめて死刑にしろ。わざわざ刑場まで引きずるのが手間なら、焼却炉に放り込んで丸焼きとか、穴掘って生き埋めとか、袋詰めにして太平洋の真ん中に投げ込むとか、いくらでも方法がある。うだうだと延命なんかさせず、法に則って速やかに処刑しろ。
まだ90人以上の死刑囚がのうのうと生き伸びている。被害者の数が少ないから、反省しているからと、取って付けた理由によって死刑を免れ、野に放たれた殺人者どもが、私たちと同じ社会の空気を吸って生きながらえている。死刑にすべきであった殺人者へ向けられた慈悲がため、起こらなくて済んだはずの惨劇が何度も繰り返されている。立法の怠慢、司法の怠慢、行政の怠慢。怠慢だらけの生ぬるい社会構造が、犯罪の再生産を下支えしている構図である。
ならず者の人権を守るために、まっとうな社会の構成員である多くの人々の人権が危険に晒されている。人殺しに対して毅然と死刑を申し渡すこと、そして法に則って速やかに処刑するのが法の正義である。90人の死刑囚は、1日1人づつ吊るしても、3ヶ月もあれば余裕で片づく。さっさとやれ!
園田の名馬がホッカイドウ競馬(道営)で再出発。もと兵庫競馬所属で2月に1度引退を表明し種牡馬入り予定だったロードバクシン(牡9)が、北海道で現役を続行することになった。すでに門別競馬場の堂山厩舎に入厩しており、5月の再デビューを目指している。通算62戦32勝2着11回で連対率69・4%を誇る実力馬が、北の古馬戦線主役に名乗りを上げる。












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