ロードバクシン、道営で現役復帰!?
2月、積極果敢に逃げを打った引退レース、ささやかながらも心温まる引退式を行い、北海道の大地へ帰っていったロードバクシン。3年後、園田競馬場に、ロードバクシンの仔が帰ってくるのを楽しみにしていたのですが…。
兵庫で引退のロードが道営で現役復帰へ園田の名馬がホッカイドウ競馬(道営)で再出発。もと兵庫競馬所属で2月に1度引退を表明し種牡馬入り予定だったロードバクシン(牡9)が、北海道で現役を続行することになった。すでに門別競馬場の堂山厩舎に入厩しており、5月の再デビューを目指している。通算62戦32勝2着11回で連対率69・4%を誇る実力馬が、北の古馬戦線主役に名乗りを上げる。
ロードバクシンは2月14日、園田でのレース後に引退式を行い、7年8カ月にわたる競走生活にいったんはピリオドを打った。種牡馬として第2の生活を送る予定だったが、中村和夫オーナー(80)は「精虫検査の結果から種牡馬として不安があった。それなら道営の話題づくりにもなるし、もう1度走らせてやろうと思った」と、再デビューに至った経緯を説明する。
先月末に門別競馬場に入厩。今月上旬に疲れのあった後肢を治療し、今週にも本格的な調教を再開する。馬体重は440キロ前後と小柄だが、早坂政行厩務員(43)は「ササノコバン(堂山厩舎出身で種牡馬入り)に似て線は細いけど馬体を大きく見せる。1日7升のカイバも残さず食べるし、まだまだ若々しい」と体力面に太鼓判を押す。
競走馬の引退→復帰は珍しい。引退理由の大半は、種牡馬に転身、または高齢、ケガなどによる競走能力の低下のためだ。近年の活躍馬では、中央の宝塚記念を勝ったダンツフレームが荒尾で再デビューした例がある程度。ロードは01年兵庫3歳3冠馬で、同年の統一重賞兵庫チャンピオンシップを制するなど活躍した。32勝とずばぬけた戦歴があってこその、高齢復帰となった。
早ければ5月の2回門別戦から始動する。堂山厩舎では同じ中村オーナー所有のジンクライシス(牡6)との2枚看板となるが、堂山芳則師(56)は「ロードバクシンは短距離戦を中心に使っていこうと思っています」という。当面の目標は6月12日の北海道スプリントカップ(旭川ダート1000メートル)となりそうだ。馬名の通り、新天地でばく進する。
要するに「ナニが薄かった」ということですな。ロードバクシンの父はサクラバクシンオー。その父はサクラユタカオーです。サクラユタカオーは、サクラバクシンオー、エアジハード、サクラキャンドル、ウメノファイバーの4頭のG1ホースをはじめ数多くの有力馬を輩出しました。しかし、いわゆるナニが薄く、受胎率が下がりつづけ、種牡馬シンジケートが解散。その後もわずかな可能性に賭け治療を続けたものの、症状は改善せず、種牡馬を引退し、乗馬施設で余生を送っています。不確かなことを書くべきではありませんが、孫のロードバクシンにも遺伝しているのかもしれません。
「老体に鞭打つ」なんて表現もありますが、老いてもなお競走馬は走ることによって生きながらえます。競走能力を追求するため血の淘汰を繰り返す競走馬は、ほんの一握りの馬を除いて、走れなくなったらそこで全てが終わってしまうのです。ロードバクシンにとって走ること、走る場所があることこそ、幸せな余生というものなのかもしれません。少なくとも走っているうちは生きていられるのです。北海道には、南関東の幻の三冠馬、二度引退しながら故障を克服して再び現役に復帰、今も走り続ける13歳馬キャニオンロマンがいます。
園田ではなく北海道で復帰するのは、馬主さんが北海道の方であることに加え、クラス編成の仕方が園田とは違い、何回か負けが続くと降級できるからではないでしょうか。いずれにせよ、年齢も年齢ですし、園田でも最後は若駒相手に一杯一杯という状態だったので、苦戦は十分に予想されます。私たちにできるのは、道営競馬の馬券を買って、ロードバクシンが少しでも幸せな現役生活を送れるように支援することくらいです。
夢やロマンだけでは語れないもの。まぁ、これが地方の競走馬の現実なんでしょうね…。
園田の名馬がホッカイドウ競馬(道営)で再出発。もと兵庫競馬所属で2月に1度引退を表明し種牡馬入り予定だったロードバクシン(牡9)が、北海道で現役を続行することになった。すでに門別競馬場の堂山厩舎に入厩しており、5月の再デビューを目指している。通算62戦32勝2着11回で連対率69・4%を誇る実力馬が、北の古馬戦線主役に名乗りを上げる。











