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足の爪が割れた…

去年の夏は、手の小指・薬指が痺れて動かなくなり、ようやく握力は8割程度まで回復したんですけど、まだ若干の感覚障害が残っています。不幸の連鎖なのか、日頃の行いが悪いのか、今年の夏は、なんと足の親指の爪が割れてしまいました。

どうして割れたのかはっきりしないんですけど、金曜の夜、風呂に入ったときに爪先に激痛が走り、見ると爪の真ん中あたりから縦方向にに5ミリ程度ぱっくりと割けていました。水虫体質なので爪はこまめに切っており、割れた部分を切り落とすと深爪になってしまうので、手の付けようがありません。靴や靴下も履けそうにないし、かといって裸足だと絨毯や布団に引っかけてしまいそうで、どうしようもありません。

妻曰く、ネイリングのグッズに「割れ爪補修キット」というのがあって、爪の割れ目にアクリルの樹脂を流し込み、その上からマニキュアを塗って固めてしまうと方法があるとのこと。って、足の爪とは言え、男がマニキュアを塗るなど言語道断。うっかりコンビニにでも行こうものなら変態とも見られかねません。とりあえずガーゼの上からテーピングして固定。これで違和感はあるものの激痛からは免れることができました。

しかし、しかし、しかしであります。昨日の昼、クルマを運転中に、激痛再発。革靴なんてとんでもない、かといって裸足やサンダルでクルマを運転するわけにもいかず、靴下とサイズ大きめのスニーカーを履いたのですが、これでもよくなかったようで、蒸れて傷口に汗が染みこんだようです。テーピングしてたとはいえペダル操作でゆるんでしまうでしょうし、エアコンを足下から噴き出し全開といっても靴を履いてたらあんまり効果ありません。乗り捨てるわけにもいかないので、死ぬ気で仕事を終え、運転して帰宅。アクセル操作はともかく、ブレーキを踏むのがツラいのなんの…。

今朝、自分では運転できないので、嫁に送ってもらって病院へ。水虫だから、他人に見せたくないんだけど、仕方ありません。皮膚科は女の医者が多いけど、外科ならそんなこともないはず。しかし、看護婦は女ということを忘れていました…。

医者曰く、割れた爪というのは自然にくっつくことはなく、基本的にはそれ以上割れが広がらないようにして、爪が伸びるのを待つしかないとのこと。割れた部分は接着することになりました。

って、処置室に充満する有機溶剤の香り。正にプラモデル制作中のあの臭気が漂います。看護婦さんが、これまたプラモデル製作の必需品である塗料皿のような小皿を持ってきて、中の透明なゲルを小筆ですくい爪の割れ目にに塗りこみます。これが染みるのなんの、激痛です。プラモデル製作のあと、塗料などで汚れた筆や皿を用材で洗い流そうとしたら、指に“さかむけ”があって傷口に染みる、あの痛みをもっと大きくしたような痛みです。と、痛みがあったのは1~2分、やすりで整形しながら何層か塗り重ねて処置は終了。

看護婦さんに聞いてみました。「これ、臭いといいなんといい、セメダインですよね?(笑)」

看護婦さん曰く「セメダインよりは扱いやすいようにやや柔らかく、また医療用なので、一般の接着剤とは違い殺菌・消毒などの成分を配合、有機溶剤の添加量も少なめにしています」とのこと。

瞬間接着剤がもともとは外科手術のために開発されたものという話を聞いたことはあったが、セメダインまで医療用に使っているとは知らなかった。もっとも、妻の「ネイル補修キット」も、有機系の樹脂を流し込んでマニキュアで固めるというものだったわけで、納得といえば納得。

「なるほど、タミヤセメントみたいなもんですね」と返事しかけたが、看護婦さんがタミヤセメントを知ってるわけもないのでグッと飲み込み、お礼を言って部屋を出ました。

処置してもらったおかげで、かなり楽になりました。まだ靴は履けないのですが、靴下は履けるようになりました。かかとを固定できるサンダルなら車の運転をしても問題はなさそうです。接着した部分から水が染みこむことはないので、お風呂に入っても大丈夫だそうです。

薬局でチューブを一本もらいました。しょせんセメダインですから(あっ、薬剤師さん的には「液体絆創膏」というそうです)少しづつ剥がれてきます。剥がれる前にセメダインを上塗りしていかなければならないそうです。帰宅後、チューブを開けて、手に少し付け、臭いをかぎましたが、やはりセメダインです。添付された説明も接着剤の説明書と同じようなものです(喘息の人は吸い込むなとか、生傷には染みるぞーとか)。こんなところで役に立つとは、セメダイン恐るべしです。

爪が5ミリ伸びるには、1ヶ月はかかるんでしょうかね。息子をプールに連れて行ってやりたいんですけど、夏が終わっちゃいそうです…。

「それでいいのか、フジテレビ!!」

『週刊エフ』 、よくぞやってくれました。

  • 週刊エフ Vol.165 は こちら でダウンロードできます。
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私自身はメディアの中の人間じゃないから、いわゆる“ギョーカイ”の中の人の事情なんてものは知りません。ただ、まだテレビ中継も満足にやっていない時代から雑誌等の活字媒体でモータースポーツに触れてきたわけで、うすうすと感じることは幾つかあります。ここでは関係ないので多くは語りませんが、そういうものが積み重なって、私のこのメディアアンチな人格の形成に一役買ってきたのかもしれません。

さて本題。前述の「うすうす感じること」の1つに、日本のモータースポーツ、特にF1を題材とする活字メディアでは、フジテレビを批判することがタブーになっているのではないかというものがあります。

1987年にフジテレビがF1全戦中継を開始し、90年代初頭にかけて“F1ブーム”が起こりました。今では考えられないことですが、ゴールデンタイムに放映された日本GPの視聴率が、NHKの大河ドラマに勝っちゃった。この頃は猫も杓子もF1とでもいいましょうか、数え切れないほどの専門誌が刊行され、一般誌にもF1コーナーが設けられたものです。

専門誌が売れるには、そのジャンルに関心を持つ人が必要です。猫も杓子もF1に浮かれたあの時代を語るまでもなく、つまるところ、F1雑誌の発行部数はテレビ中継の視聴率に依存しているわけです。ブームが過ぎ去り、溢れかえっていた専門誌の淘汰が進む中で、いつの間にかテレビ中継の内容を批判することへのタブーが生まれたのだと感じています。

2ちゃんねるの週エフスレにもそれらしいことを書き込んでいる方がいましたが、私も最初に禁忌の臭いを感じたのは1995年だったと思います。『レーシングオン』誌に掲載された土屋圭一氏の“言い分”は、私も読んだ記憶があります。

当時は、今のようにネット掲示板などは普及していませんから、抗議といえば、テレビ局に直接訴えるか、専門誌の読者投稿欄に意見を送るかということになります。私自身は1995年の放送スタイルは特に嫌いではなかった(今のようにタレントがギャーギャー騒いでるわけではないし、熊さんとドリキンの丁々発止はそれはそれで面白かった)のですが、友人の中には怒ってる人も少なくなかったし、抗議の声は相当あったようです。

読者の投稿よりも、土屋氏の反論の方に大きな紙面を割くというやり方には、大いに不満を覚えたものです。当時の編集者にそういう意図があったかどうかは知る由もありませんが、テレビ局の機嫌をうかがうあまりファンの方を向いていないという印象を受けました。どっちを向いてるんだ、と。

その後、2001年、2002年とフジテレビのF1中継はどんどん改悪の方向に進みます。いわゆる「メルボルンの大虐殺」も起こりました。レースそっちのけでタレントがギャーギャー騒ぎ、アナウンサーはバカの一つ覚えのように寒いフレーズを連呼。初心者向けといいながら、いつまで経っても初心者向けなので、せっかく獲得した初心者が次の段階にステップできません。ただでさえ少ない放送時間、レースの中身はカットの連続。CMが入るのは仕方ないとしても、スタジオで山田優が20分近くゴチャゴチャとほざいている時間がもったいない。今年はついに、悪役ドライバーがシグナルポールに激突炎上するという不謹慎極まりないオープニングアニメーションが登場し、制作者の人としての良識さえ疑わざるをえないほどです。

この21世紀の改悪(フジテレビ的には「変革」というそうです)は、さすがに多くのレースファンの怒りを買ったようで、地上波を捨てCS放送へ移る人の急増、さらには地上波とCS放送の実況・解説の切り離しへと一気に進みました。環境的にCS放送が受信できない人もいますし、今でも地上波の中継に抗議の声は寄せられていますが、フジテレビ・スポーツ局の制作部長がブログで「マニアはCSでお楽しみ下さい」と言い放つ(タイトルが「文化としてのフェラーリ」であることにフェラーリファンとしても怒りを感じる)など、今日に至るまでフジテレビには改善の意志が全く感じられません。

忘れがちなことですが、地上波放送にとって一番のお客さんはスポンサーです。あの電波は、CMを流すスポンサーを満足させるための電波です。視聴者が満足するかどうかなんてものは関係ないのです。そういえばF1中継の大改悪とトヨタのF1参入が時期的にぴったり重なるのですが、ここではトヨタの話はやめておきます。とにもかくにも「視聴者の皆様から御意見お待ちしております」なんて形だけのモノ。そりゃ、ブログで視聴者蔑視ともとれる発言をする社員がいるわけです。

では、雑誌の場合はどうでしょう。まず、雑誌の淘汰が進みました。いわゆる速報誌は『AS+F』と『F1速報』が事実上の統合。『GPX』は紆余曲折を経て『週刊エフ』となりました。『週刊エフ』はネット配信ですから、書店に流通する速報誌は『F1速報』のみです。ネットの普及により読者投稿欄は従来の議論スタイルに陰りが見られるものの、『F1速報』誌には今も生き残っています。熱心に意見を投稿をするファンがいるのでしょう。

フジテレビの中継スタイルを批判する投稿は、年に何回か必ず掲載されています。絶賛する投稿を見た記憶は私にはありません。もっぱら専門誌を買うほどのF1ファンがあの中継に満足するとは思えないので、当然のことでしょう。ただ、どうも、掲載されるのは当たり障りのないものに限られているようで、編集部からはほぼ100%、「まぁまぁ、賛否両論はありますが…」と注釈が付きます。どっちを向いているのか、相変わらず理解に苦しみます。ネット上の闊達な意見(中には無茶なものもありますけど)との乖離が、活字不信を助長しているきらいも感じ取れます。

『F1速報』誌に寄稿するジャーナリストの中には、フジテレビに解説者として雇われているジャーナリストがいます。テレビ中継でお馴染みのメンツが記事を書くわけですから、ファンの食いつきはいいはずです。ただ、このことがフジテレビを批判しようにも批判しにくい状況を作り出していると思わせます。また、『F1速報』の船田編集長は、つい先日、自ら解説者として放送席に座りました。CSで放送されている「GP2」のレギュラー解説もやっておられますし、「F1GP NEWS」にもゲストで登場したことがあります。コメンテーターとしての船田編集長は、人あたりもよさげで、分かりやすく的確な解説をして下さるので好感を持っています。しかしながら、ここからも『F1速報』誌とフジテレビの間に癒着の香りがしないでもありません。

今回の『週刊エフ』誌上でも、これは読者投稿ではありませんが、まだまだフジテレビ側に大きく与した記述が散見されます。米やんさんも、その立場上、言いにくいことは多々あるんでしょう。もちろんF1を見ているのはマニアだけではないので、マニアの主張が必ずしも正論ではないとも思います。

実際のところ、テレビ中継なんかやってない時代からF1を見てた私みたいな化石人間はテレビへの依存度が低いわけですが、それでもやっぱりレースの醍醐味であるライブ感を楽しむには、テレビの存在は不可欠です。多くの現代っ子にとって、モータースポーツとの出会いはテレビであるといっても過言ではありません。私がミソクソに酷評してる山田優でも、彼女をきっかけとしてF1に興味を持った人がいるのなら、完全な無駄ではないといえるのでしょう。

ただ、いまF1が好きな人に聞いてみたい。「もし生まれるのが10~20年遅かったら、果たしてファンになったでしょうか?」ということです。マニアとかオタクといわれる人たちにだって、ビギナーであった期間が必ずあるわけです。夢が叶って趣味を仕事にしてしまった人にだって、右も左も分からず勉強しまくった期間があるわけです。

私がF1に興味を持った頃、テレビ中継なんかなかったけど、なにかしら琴線を打ったからこのスポーツが好きになったのです。この国のF1ファンの大半を占めるF1ブーム世代の人も、きっとあの時代に、とっかかりは興味本位であったとしても、F1の魅力にガツンと頭を殴られたから見続けているんだと思います。

F1グランプリは、色んな切り口のあるスポーツ。科学も、経済も、文化もあって、感動も、欲望も、悲嘆もあるスポーツ。いま、「日本のF1」には、それがない。フジテレビのF1中継には、それがない。出演者個人より以前に、F1中継をプロデュースしている人間がF1の何たるかを全く知らないのです。F1の見所が分からない人間が、それっぽいと思われるものを見繕って放送したとして、果たしてそれこそ予備知識のないビギナーの心の琴線に触れられようものがありません。

今回、『週刊エフ』で批判されている、ハミルトンに執拗に肩入れした番組作りにしてもそうです。ちょっとレースの見方を知ってる人間なら、フリー走行~Q1~Q2のタイムシートを見るだけで、ハミルトンが軽タンだったことは容易に察しが付くことです。そして、重い状況でも速いライコネン、ソフトタイヤの使い方が上手いアロンソに気が付いたはずです。

ライコネンが有利だが前を押さえられるとアロンソに逆転の芽がある…、ハミルトンが逃げ切るにはスタートダッシュに賭けるしかない…、あれこれ推理するのが良くも悪くも現代F1の戦略的な見所です。ところが、解説の森脇さん以外は誰も分かっていなかったのです。その結果、上位3台の中で最も勝つ見込みが少なく、守りのレースを強いられる可能性が最も高いハミルトンをプッシュするという、とんでもない番組が出来上がったのです。

特定の選手をプッシュするのは大いに結構なんですが、プッシュする対象を間違うとそれはただの茶番です。F1に限ったことではありません。可哀想なのは、実力以上の成績を要求される選手です。日本国内では“ハンカチ”とか“ハニカミ”とか言われている若者がよい例です。スポーツはそうそうマスコミの思い通りの結果にはなりません。意外だから面白いのであって、予定調和ならライブで見る必要なんてないのですから。

テレビのやたら煽り体質は、番組を作っている人間が無知であること以外の何物をも映し出しません。競技の醍醐味が分からない人間に、その競技の本質を伝えることはできないのです。野球のルールを知らない人間が野球の面白さを伝えることはできないし、サッカーのルールを知らない人間はサッカーの面白さを伝えることはできません。F1中継にしても「初心者にも分かりやすく」なんていえば聞こえはよいですが、番組を作っている連中が初心者というだけで、モータースポーツの楽しみ方が分かっていない人間がよってたかって、せっかくテレビの前に座ってくれた初心者に誤った印象を刷り込んでいるに過ぎませんよね。

視聴者を足蹴にして、スポンサーの顔色しか見ていない制作者たち。しょせん彼らはテレビ屋さん。あんな番組作りでも許されるのです。ただし、テレビの視聴率が雑誌の発行部数と切っても切れない関係にあるとはいえ、専門誌を購入するのは、購入の意志を持つ読者です。ファンを増やすためには何が必要か、よく考えてほしいものです。あんな番組作りしかできないテレビ局を持ち上げても、ファンは一向に増えないし、専門誌に手を伸ばしてくれる「意志を持った」お客様は増えません。

氷河期ともいえる冬の時代、『週刊エフ』の前身である『GPX』もまた、細かい経緯は色々あったにせよ、淘汰の憂き目にあったものだと認識しています。禁忌(があるのかどうかは知りませんが、あると思える理由は山ほどある)を破った『週刊エフ』、米やんさんは偉いと思います。生ぬるい表現だったとはいえ、胸がスッキリとする記事でした。読者の方を向いているんだという書き手の気持ちが十分に伝わりました。

F1が好きな人間が怒りを禁じ得なかったり、F1好きであることを公言することが恥ずかしく思えてくる、あのお寒いF1中継には何も期待できません。まだまだマイナースポーツかもしれないけれど、この国のモータースポーツファンはこの20年間で飛躍的に増加し、レベルも上がりました。分からないことは必死で調べたあの時代、今だって分からないことがたくさんあります。モータースポーツは数あれど、F1は分からないことがたくさんあるから飽きることがないのです。

これからこのスポーツのファンになってくれる人のために為すべきことは、私たちがこのスポーツに感化されたきっかけを思い出すことです。そもそも初心者向けのF1なんてありっこないんです。人類の際限なき知的好奇心こそ、このスポーツの原動力なのですから。

「言葉狩り」による現実逃避路線こそ問題

「原爆投下はしょうがない」と発言した防衛大臣が、野党議員に焚きつけられた被爆者団体やマスコミの総攻撃に晒され、あっけなく辞任した。たかがこの程度のことで、まったくもって情けない話だ。


大臣の発言の一体何が問題なのか。結果的に、多くの犠牲者が出たことは残念の一言で済まされないことではあるが、原爆投下が日本に終戦を決意させるきっかけの1つであったことは間違いない。もしも原爆投下がなかったら、8月15日の玉音放送はなかった。

歴史に“if”は付き物で、あと1ヶ月、あるいは1年続いて北日本は共産主義者に占領されたかもしれないし、10年続いて日本が逆転勝利を収めたかもしれないという話。ただ。原爆投下がなければなんらかの形で戦争は継続されていたことだけは間違いない。

原爆投下の倫理的な妥当性を問うならば、原爆投下という人類の歴史上未曾有の戦争犯罪、その責を負うのは当時のトルーマン大統領をはじめとするアメリカ合衆国である。原爆だけではない。アメリカ軍は軍服を着ない民間人の住宅を空襲した。木造家屋が多いことに着目して焼夷弾を作り、使用した。ベトナムではナパーム弾を使った、アフガンではクラスター爆弾を使った、イラクでは劣化ウラン弾を使った。アメリカとはそういう国なのである。

別に防衛大臣が原爆投下を指揮したというわけではあるまい。防衛大臣を任命した内閣総理大臣が「広島・長崎に落として下さい」とお願いしたものでもない。それこそ、日本の政治家をつっついても「しょうがない」。文句はアメリカに言え。寝込みを空襲し、逃げる市民を機銃掃射し、白旗上げて投降する兵隊さんに手榴弾を投げ、とどめに核爆弾を落として行きやがったのはアメ公だ。

はっきり言わせてもらうけど、ここぞとばかりに騒ぎ立てとる平和団体・被爆者団体は嫌いだ。刃向かう人間にすぐ「戦争や核兵器の存在を容認している」とレッテルを貼りたがるからだ。厳しい言い方になるが、戦争で殺されたり、家焼かれたんはお前らだけちゃうんじゃ。みんな無茶苦茶にやられとんねん。泣いて喚いてしても失われたものは帰ってこない。寝言は寝てからほざけ。

我々の先祖は、そのキチガイ揃いのアメ公と真っ向から戦ったのだ。敗戦の憂き目に遭わされたが、何ら恥じることはない。ええか、原爆を落としていったんはアメ公や。原爆投下に文句があるならアメ公に言え。核廃絶を訴えるならアメ公に言え。世界で最も多くの核弾頭を保有してるのはアメリカ合衆国じゃ。あの国は、「自由」の名の下、生きた人間に核兵器をブチ込んだ鬼畜の集合体や。一発も持ってない日本の政治家を吊るしても世界情勢は何も変わらんことに気付け。

大体、狭い日本海を隔ててロシア、中国、さらには北朝鮮と、我が国は核保有国に囲まれているのが現実。少なくとも数十発の核ミサイルの照準が東京に合わされ、キチガイがボタン押せば1時間もしないうちに東京に落ちる。「平和」だの「核廃絶」だのいくら大声で叫んだところで、飛んできた核ミサイルを跳ね返せるものではあるまいのだ。

そんな日本が、戦後60数年間にわたって、ならず者の周辺国から攻撃されずに済んだのはなぜか? アメリカの「核の傘」に守られてきたからだ。アメ公も大概キチガイだけど、アメ公の核が日本を核攻撃の危険から守り続けてきたことは事実なのだ。核廃絶・核放棄を唱えるのは実に容易いが、核だらけの周辺国から日本列島を守っているのもまた核なのだ。

唯一の被爆国として核兵器の廃絶を訴えるのは一向に構わない。だが、日本は核を持っていないというだけで、核の傘に守られている国家だという認識を持たねばならない。平和はアピールするだけでは実現しない。核がなくても戦争は起こる。核があっても戦争を起こさない方法がある。平和主義を気取ったところで、丸腰で刃物を持った凶悪犯に立ち向かえば、刺されて終わり。身を守る術を論じることなく、反核を叫び平和を論じても無駄や。

と、テレビを付けると、「大臣辞めろ」とシュプレヒコールを上げる集団が映る。腹に背中にデカデカと「連合」の2文字が躍る。言うまでもないが、民主党の支持母体である。この連中が、平和団体や被爆者団体を焚きつけとるわけやな。あれやこれやとさも正論っぽくデモを気取っているが、つまるところ参院選に向けた政権与党叩きの一環である。自らの政治的目標を達成するためなら原爆を利用することも厭わない烏合の衆に、核廃絶を主張する資格など無い。

思えば、厚生労働大臣の「産む機械」発言が問題視されたのも選挙直前だった。このときも今回と同じように、取り立てて騒ぐような発言ではなかったにもかかわらず、野党が「産む機械」というキーワードだけを殊更に拾い上げ、女性団体や人権団体に火を放ち、マスコミが面白がるかのように燃料を注いだ。

選挙が近づくと言葉狩りを始める野党の単細胞。お前ら野党がマヌケやから、デタラメの集まり自民党とカルトの手先の公明党がいつまでも政権を居座り続けるんじゃ。正面から斬り込みやがれ、この腰抜け野党。日本がこんな国になってしまった一因は、いつまで経っても受け皿となりえない野党にもある。

 Restore Buffaloes !!

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