「言葉狩り」による現実逃避路線こそ問題
「原爆投下はしょうがない」と発言した防衛大臣が、野党議員に焚きつけられた被爆者団体やマスコミの総攻撃に晒され、あっけなく辞任した。たかがこの程度のことで、まったくもって情けない話だ。
大臣の発言の一体何が問題なのか。結果的に、多くの犠牲者が出たことは残念の一言で済まされないことではあるが、原爆投下が日本に終戦を決意させるきっかけの1つであったことは間違いない。もしも原爆投下がなかったら、8月15日の玉音放送はなかった。
歴史に“if”は付き物で、あと1ヶ月、あるいは1年続いて北日本は共産主義者に占領されたかもしれないし、10年続いて日本が逆転勝利を収めたかもしれないという話。ただ。原爆投下がなければなんらかの形で戦争は継続されていたことだけは間違いない。
原爆投下の倫理的な妥当性を問うならば、原爆投下という人類の歴史上未曾有の戦争犯罪、その責を負うのは当時のトルーマン大統領をはじめとするアメリカ合衆国である。原爆だけではない。アメリカ軍は軍服を着ない民間人の住宅を空襲した。木造家屋が多いことに着目して焼夷弾を作り、使用した。ベトナムではナパーム弾を使った、アフガンではクラスター爆弾を使った、イラクでは劣化ウラン弾を使った。アメリカとはそういう国なのである。
別に防衛大臣が原爆投下を指揮したというわけではあるまい。防衛大臣を任命した内閣総理大臣が「広島・長崎に落として下さい」とお願いしたものでもない。それこそ、日本の政治家をつっついても「しょうがない」。文句はアメリカに言え。寝込みを空襲し、逃げる市民を機銃掃射し、白旗上げて投降する兵隊さんに手榴弾を投げ、とどめに核爆弾を落として行きやがったのはアメ公だ。
はっきり言わせてもらうけど、ここぞとばかりに騒ぎ立てとる平和団体・被爆者団体は嫌いだ。刃向かう人間にすぐ「戦争や核兵器の存在を容認している」とレッテルを貼りたがるからだ。厳しい言い方になるが、戦争で殺されたり、家焼かれたんはお前らだけちゃうんじゃ。みんな無茶苦茶にやられとんねん。泣いて喚いてしても失われたものは帰ってこない。寝言は寝てからほざけ。
我々の先祖は、そのキチガイ揃いのアメ公と真っ向から戦ったのだ。敗戦の憂き目に遭わされたが、何ら恥じることはない。ええか、原爆を落としていったんはアメ公や。原爆投下に文句があるならアメ公に言え。核廃絶を訴えるならアメ公に言え。世界で最も多くの核弾頭を保有してるのはアメリカ合衆国じゃ。あの国は、「自由」の名の下、生きた人間に核兵器をブチ込んだ鬼畜の集合体や。一発も持ってない日本の政治家を吊るしても世界情勢は何も変わらんことに気付け。
大体、狭い日本海を隔ててロシア、中国、さらには北朝鮮と、我が国は核保有国に囲まれているのが現実。少なくとも数十発の核ミサイルの照準が東京に合わされ、キチガイがボタン押せば1時間もしないうちに東京に落ちる。「平和」だの「核廃絶」だのいくら大声で叫んだところで、飛んできた核ミサイルを跳ね返せるものではあるまいのだ。
そんな日本が、戦後60数年間にわたって、ならず者の周辺国から攻撃されずに済んだのはなぜか? アメリカの「核の傘」に守られてきたからだ。アメ公も大概キチガイだけど、アメ公の核が日本を核攻撃の危険から守り続けてきたことは事実なのだ。核廃絶・核放棄を唱えるのは実に容易いが、核だらけの周辺国から日本列島を守っているのもまた核なのだ。
唯一の被爆国として核兵器の廃絶を訴えるのは一向に構わない。だが、日本は核を持っていないというだけで、核の傘に守られている国家だという認識を持たねばならない。平和はアピールするだけでは実現しない。核がなくても戦争は起こる。核があっても戦争を起こさない方法がある。平和主義を気取ったところで、丸腰で刃物を持った凶悪犯に立ち向かえば、刺されて終わり。身を守る術を論じることなく、反核を叫び平和を論じても無駄や。
と、テレビを付けると、「大臣辞めろ」とシュプレヒコールを上げる集団が映る。腹に背中にデカデカと「連合」の2文字が躍る。言うまでもないが、民主党の支持母体である。この連中が、平和団体や被爆者団体を焚きつけとるわけやな。あれやこれやとさも正論っぽくデモを気取っているが、つまるところ参院選に向けた政権与党叩きの一環である。自らの政治的目標を達成するためなら原爆を利用することも厭わない烏合の衆に、核廃絶を主張する資格など無い。
思えば、厚生労働大臣の「産む機械」発言が問題視されたのも選挙直前だった。このときも今回と同じように、取り立てて騒ぐような発言ではなかったにもかかわらず、野党が「産む機械」というキーワードだけを殊更に拾い上げ、女性団体や人権団体に火を放ち、マスコミが面白がるかのように燃料を注いだ。
選挙が近づくと言葉狩りを始める野党の単細胞。お前ら野党がマヌケやから、デタラメの集まり自民党とカルトの手先の公明党がいつまでも政権を居座り続けるんじゃ。正面から斬り込みやがれ、この腰抜け野党。日本がこんな国になってしまった一因は、いつまで経っても受け皿となりえない野党にもある。












