愛犬の死

今朝、実家で飼っていた犬が死にました。享年21。

総理大臣賞の父を持つ純血の柴犬でした。私がまだ小学生だった頃、父親の知り合いの紹介で譲って頂きました。兄弟は4匹。もらいうけに行ったとき、最初に目があった犬がいました。大人の事情なのか何なのか、うちはみんなが選んだあと最後に残った犬をもらうことになっていたのですが、最初に目があった子犬は、誰にも選ばれることなく我が家の一員となりました。

それからかれこれ20年以上、過保護に育てられました。「さすが日本犬!」というべきか、媚びたり馴れ合ったりはしないけど、飼い主の言うことには忠実。「おすわり」と「おて・おかわり」以外には、これといった芸もできない不器用な犬でしたが、どんなに腹痛でも決しておもらしはしない、ゲロを吐くときは玄関に行って隠れて吐く、気品の高さが自慢の犬でした。表情や風格は、ソフトバンクのCMに出てくる白い犬、あれにそっくりなんです。あっちは北海道犬だそうですが、同じ日本犬ですから。

っと、それゆえ、雨だろうが嵐だろうが、夕方6時になったら散歩、帰ったらたらふく食うという、規則正しいワガママぶり。そのせいで、犬が来てからの20年間、夕方6時には家族の誰かが家にいなければならず、一泊旅行をしたことがありません。親戚の葬式の日も、6時に散歩と餌やりに帰宅したものです。

脱走癖がありました。これは別にうちがイヤだとかそういうことではないらしく、門扉を破って逃げ出すという行為を楽しんでいたようです。脱走しても家の前から離れません。しかし、首輪を付けに行くと、付けさせてくれないのです。手を焼く人間で遊んでるんですね。追いかけるのをやめると、退屈そうな顔をして玄関先で「ワン!」と吠え、観念します。

「しろ!」と命じてもテコでも動かない犬でした。そのかわり「するな!」という命令には従順で、悪さはそれなりにするけど、人を噛んだとかそういう手の掛かるところは一切ない忠犬でした。大学に入って家を出て一人暮らしをするようになっても、週末などに実家に帰ると門扉のところで尻尾を振って出迎えてくれました。玄関先で洗車をするときなど、じゃれてからんできました。

昨年の春頃までは、普通に歩くことができました。さすがに筋力は落ち、目や耳も不自由になっていたものの、家の前の道路を行ったり来たりして散歩させることができました。散歩に出れなくなったあとも、家の中で壁伝いにもたれて歩くことができ、キッチンの隙間に頭を突っ込んで「ワンワン」と誰かと戦っていました。

今年1月はじめ、いよいよ寝たきりになってしまいました。そして、夜泣きをするようになりました。一晩中、「キャンキャン」と騒ぎまくり、手を付けられないほどでした。ご近所には事情を説明して回りました。犬としての平均寿命をまるっと通り越しているわけですから先が長くないことは分かっていました。週末の夜など、できるだけ実家に行き、泊まり込んで夜泣きする犬の相手をしていました。

9月に入って、夏の疲れが出たのか、ぐったりと衰弱しました。首のあたりにわずかに残った以外、肉という肉はそげ落ち、やせ細っていました。それでも食欲はありました。2人がかりで、1人が座らせ、1人が口に入れてあげ、老犬用のドッグフードを平らげていました。この頃から、食事の介助のため、仕事が終わると毎日実家に寄るようになりました。私が遅い日は、犬の食事も遅くなってしまいました。

10月に入って、噛む力、飲み込む力がなくなってきました。ドッグフードを口に入れても咀嚼してえんげすることができません。柔らかくしたうどんや、おかゆも試しましたが、だめでした。やむなくドリンクや牛乳を注射器で流し込むことになりました。3週間前、日本時間真夜中のF1最終戦は、夜泣きする犬をなだめすかしながら見ました。今月に入ってからは、実家に泊まり込みの毎日でした。ほとんど自宅に帰っていません。

今朝、6時過ぎには、布団にくるまって目をパチパチさせて起きていました。ヒーターを入れてやると、夜泣きの疲れが出るのかすやすやと眠りに付く。これが最近の愛犬の生活パターンでした。シャワーを浴び、着替えて、コーヒーを飲み、「いってくるで」と声を掛けようとしたところ、失禁していました。プライドの高さゆえ、寝たきりになっても寝床では決してお漏らしをしない犬だったので、びっくりしました。時計を見ながら母を呼び、犬を抱きかかえたところ、首が横にダラーンと垂れて、もう虫の息でした。

最期は、私が手を握る中で、はじめて我が家にきた日のあの子犬の顔に戻って、安らかに息を引き取りました。痛がることも苦しむこともない大往生だったのが救いでした。

「死」は無常です。死んでしまえばただの肉の塊。生きとし生けるものは、いつか必ず死に、灰となって山河に還ります。私なりに、この人生の中で、色んな「死」を見つめてきました。しかし、33年の人生のうち、21年をともにした、かけがえのない家族であり友達であった犬の死を、そうは割り切れない未熟な人間がここにいます。

ぶっちゃけた話、親兄弟妻子が亡くなっても、ここまで凹まないんじゃないかというくらい、今は凹んでいます。やることはやってあげたと思ってます。でも「もっとこうすればよかったかも」という思いがないわけではありません。物言わぬ犬が相手だからこそ、余計にそう思うのです。

私は小さい頃から動物は大の苦手です。犬も基本的には好きじゃありません。申し訳ありませんが、他人様の犬を見ても何とも思わないくらいです。ただ、同じ屋根の下で寝食を共にすれば、「うちの犬だけは特別」なんですね。

今日は、仕事もなにも手に付きません。気が滅入っています。今、こうやって文章を綴っていても、どこか虚ろで、何を書いているのか分からなくなってきます。溜息と涙が交互に出てしまいます。愛するペットを亡くしたショックから、なかなか立ち直れない人も多いと聞きます。21年も生きてくれて、いつかはくるお別れに対して心の準備はしていたつもりですが、現実は厳しいです。

今夜、玄関をくぐれば、また昨日までと同じように何事もなく、「何か食わせろ」と吠えている犬が待っていそうな、そんな気さえします。実家に帰ってもリビングの真ん中に犬がいない、その風景が想像できません。すっかり夜鳴きに慣れてしまい、静かな夜が恐いです。いつか慣れるのでしょう。でも、忘れることはないでしょう。

明日、荼毘に付します。

ありがとう。そして、さようなら。

南無阿弥陀仏

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