「誠のサイキック青年団」が突然の放送打ち切り…
今月29日の放送をもって、20年あまりのあまりの歴史にピリオドを打つことが決まっていた「誠のサイキック青年団」が、先週の放送を以て前倒しの打ち切りとなってしまいました。
残り3回の放送ということで、今日も1時からの放送を楽しみにしていました。しかし、番組は始まらず、アナウンサーからお詫びのメッセージが読まれるだけ…。番組のウェブサイトも閉鎖されてしまいました。
【放送中止のアナウンス(耳コピ)】
長年にわたりご愛聴いただきました「誠のサイキック青年団」は、今月29日をもって終了するとお伝えしていましたが、諸般の事情により、先週3月8日の放送を最終回とさせていただきます。番組を楽しみにされていた皆さん、ほんとうに申し訳ありません。
なお、ラジオをお聞きの方から様々なご意見を頂戴しましたことにも、お礼を申し上げます。中には、放送内容についてのご指摘もありました。お調べしたところ、一部に、リスナーの方々に大きな誤解を与えるような表現があり、この点について、話題で取り上げた関係者の皆さまに、ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。
あらためて、長年のご愛聴に感謝申し上げます。ありがとうございました。
いま、本当ならサイキックが聞こえてきたはずのラジオからは、代わりの番組が放送されるでもなく、イージーリスニングのBGMが流れています。「収録自体は済んでいたが、何らかの事情で土壇場になってから打ち切りが決まった」ということを予感させるには十分でしょう。
28日に予定されていた最後の“イベント”が、チケット発売後に急遽中止になったり、先週の放送では、その件を巡って北野誠と竹内義和の間で一悶着あったことが語られ、感極まった北野が号泣しながら竹内に詫び、竹内が「もうええやん」「しゃあないことやん」と慰める場面がオンエアされるなど、番組の打ち切りが決まってから、背後で色々と動きがあったろうことは想像に及ぶところです。
こういう終わり方もサイキックらしいといえなくもありませんけど、ただただ「残念」の一語に尽きます。
私は番組開始当初からのリスナーでした。受験勉強のときも、失恋に悩むときも、手形の決済で頭抱えていたときも、「日曜深夜はサイキック」でした。学生の頃、「サイキッカーは隣にいる」の企画をきっかけに、「えっ、お前もサイキッカーやったのか!?」という会話をきっかけとして友達になった人もいます。サイキックは人生の一部でした。
インターネットの普及のせいでしょうか、テレビ離れ・ラジオ離れの傾向が進んでいます。特にラジオ離れは深刻な勢いで進んでいます。私は、かつては「野球中継もラジオで聴くほうが好き」だったほど“ラジオっ子”で、今もよくAM・FMを問わずラジオに耳を澄まします。
かつて、三谷幸喜が監督した「ラヂオの時間」という映画がありましたが、その中で「ラジオには無限の可能性がある。テレビ番組でハリウッドに並ぶものを作ろうと思えば大がかりなセットを組まなければならない。でもラジオは違う。『ここは宇宙空間』といえば、もうそこは宇宙なんですよ」というセリフがあったのを覚えています。本当にそうなんですよね。
名物番組が次々と消えていきます。そしてサイキックの終了、しかもこんな終わり方。私がラジオを卒業するときは確実に早まったといえます。
サイキックは、たしかに「こころない」暴言の飛び交う「げっすい」番組でしたが、これまでリスナーを裏切ったことは一度もありませんでした。
何があったのかは知りません。誰のせいでこうなったのかも知りません。これまでにも何度も「打ち切れ!」という圧力をくぐりぬけてきた番組ですから、何があっても少々のことでは驚きません。でも、最後の最後でこれは無いんとちゃいまっか。サイキックはこれで終わりやろうけど、ABC朝日放送と北野誠・竹内義和の両パーソナリティには、ちゃんと説明をする義務が残されていると思います。
青春の1ページだった番組が、「さようなら」も「ありがとう」もいうことができないまま終わってしまうなんて…。サイキックがリスナーを裏切るようでは、私はラジオという媒体そのものが信用できなくなります。












